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姫君の選択  作者: momo
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シアの選択

 


 無事を知らされたとは言えシアの行方をひた隠しにするクロードに対し、ラウンウッドの国王クロムハウルは怒りを露わにする。


 頑ななまでに口を噤むクロードを拷問にかけ口を割らせよと命令するが、クロードが口を噤む理由がシアにあるなら彼が口を割る事は決してない。拷問は無駄に終わり、最悪騎士団は有能な騎士を一人失う事になり兼ねない。しかもクロードを拷問にかけた事がシアに知れてもいいのかとの騎士団長であるレイディンの助言に、クロムハウルは爆発した怒りを何とか沈め、王命に背いた咎でクロードを拘束するだけに至った。


 クロムハウルもクロードの騎士としての実力、清廉潔白で主に抱く強い忠誠心というものを良く理解している。それ故クロードは先の流行り病で亡くなった第一王子の近衛として仕え、現在は王の唯一の子となったシアに付けたのだ。主の為ならいかなる不当な理由であっても命を差し出す覚悟を持つクロードがシアを発見し、ある場所に隠しているという。シアの傍らにはクロードが信頼する者が付いていると言うが、騎士団から行方知れずになっている者はない。

 クロードを騎士として信頼はする、信頼はしているが―――突然姿を消した娘を思う父としては心配でならなかったし、ラウンウッド国王として直系となる最後の王位継承者を失う訳にもいかなかったのだ。


 


 そうしてクロムハウルが怒りと不安で眠れぬ夜を過ごす事十日。

 これ以上待てぬとクロードを締め上げるよう命令を下そうとした日、シアはケミカルに伴われ城に戻って来た。




 









 シアが初めて父王と対面した日。

 その日と同じ様な粗末な衣服に身を包んだシアは、硬い意思を持ってクロムハウルと向き合っていた。


 歓喜に囚われたクロムハウルは玉座から下りると一目散に駆け寄り、シアの手を取り全身をくまなく見つめた後、額に刻まれた痣を見て唖然とする。


 「何と言う事だ―――」


 蒼白となり呟く王に、シアは何でもないとばかりに笑顔を向けた。

 十日という時間をおき、殴られた頬も絞められた首の痕も一見解らないまでに回復したが、いくら化粧で隠しても深く残る額の痣は隠せない。 

 それならばと、他の傷に気を引かせないために、額の痣を隠す努力は全くせず、小さく残る傷を隠す為だけに労力を使った。

 

 「わたしの勝手でご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」


 王に手を取られたまま、シアは深く頭を下げると安心させるよう王に満面の笑顔を向ける。

 クロムハウルはただ頷くばかりで、うっすらと涙ぐみ言葉もない。


 「所でお父様、わたしの近衛を返して頂けませんか?」


 陛下ではなくお父様と―――初めて呼ばれた言葉にクロムハウルははっとし、驚き灰色の目を見開く。

 

 「父と―――呼んでくれるのか?」

 「陛下はわたしの父ではないのですか?」

 「そうじゃ…予はそなたの父であるぞ!」

 

 上手い所を付くと―――傍らで見ていたライディンは強張らせていた表情を僅かに緩める。

 今までシアは少なからずクロムハウルを拒絶していたし、クロムハウルもそれを感じていた。国王自身後ろめたい気持ちが多々あり、シアを前にすると何かが欠けた様に我を失い戸惑いを見せ落ち付かない。唯一の娘であるシアは父親であるクロムハウルより王弟であるクレリオンにばかり懐き、父親と認められていない事を何よりも気にしていたクロムハウルに取って『お父様』という言葉は魔法の言葉でもあった。


 「それよりもお父様、クロードは今どうしているのです? 何よりも、誰よりもわたしに忠実に使えてくれる近衛がいくら待っても戻って来なくて…わたしはとても不安な毎日を過ごしていました。」


 だから今日はクロードを迎えに上がったのだと、自分の元に戻って来る筈のクロードを王が怒りに任せ拘束してしまったので不安でたまらなかったのだと、内情を察しているにも関わらずわざとらしく悲しそうに言葉を紡ぐ。

 慌てたクロムハウルはすぐにクロードを連れて来るよう命じたあと、いたたまれない程切ない表情でシアを見下ろしていた。

 まるで嵐の夜にも関わらず、海原へ投げ捨てられる子犬の様な表情を浮かべるクロムハウルに、ちょっと言い過ぎたかとシアは頬を引き攣らせる。

 

 

 拘束されていたとはいえ牢に繋がれていた訳ではない。

 シアの反応に怯えるクロムハウルが待つ広間に、身なり正しいクロードが姿を現し、シアの表情が輝いた事でクロムハウルもほっと胸を撫で下ろした。


 クロードは迷う事無くシアの前に歩み出る。

 それにつられる様にシアもクロードに向き直り数歩彼の元へと足を進め、クロードが跪いたのでシアはその前まで歩み寄ると身を屈めた。


 「大変な事を頼んでごめんなさい、本当にありがとう。」

 「勿体ないお言葉でございます。」


 シアを発見したにもかかわらず連れ帰らない、居場所も言わないではクロードは拘束され、最悪拷問を受けるやもしれないとケミカルから聞かされた。唯一の希望はシアを溺愛するクロムハウルの心情だ。溺愛する故怒りに任せ最悪の事態を招くか…無事である事を知り、シアの近衛を傷つけ自ら娘の不興を買う事を恐れるか。傍らにクロードの上司たる騎士団長が仕えているので、拷問を受ける確率は低かったが、それでもシアはクロードに理由も話さず我儘に付き合わせ、その身を危険に曝させた事を悔やんでいるというのに、対するクロードは何も言わず、全てを理解してシアに尽くす。シアは己の一言が招く事態に対する責任というものを思い知らされていた。



 「シア様、それで―――今回の一件についてご説明をいただきたいのですが。」


 跪くクロードに、同じく膝をつき無言で騎士をみつめるシア。

 そんな二人の空気を乱すかに宰相のモーリスが口を挟んだ。

 

 「勿論です。わたしはこの件でいかなる罰を受けようと厭わぬ覚悟で参りました。」

 「罰とはまた―――この件においてはスロート公に厳罰が下る事があっても王女に対し罰などと。」


 シアの言葉に立ち合う重臣から声が上がる。

 彼らは既に事の起こりを推察し、ある程度の情報を掴んでいるのだろう。

 だがシアは彼らの声に怯む事無く真っ直ぐ立つと、迷いなき眼でモーリスを含む重臣たちを見据えた。

 ここに集う者の殆どはスロート公爵の地位と権力を疎ましく思っているのだろう。シアの証言を持ってすればクレリオンが力を削がれるのも時間の問題。セルロイズがシアを誘拐・監禁した状況証拠は揃っているのだから、彼らが待ちわびるのはシアの証言だけだ。

 確かに今回の件はクレリオンが過去において犯した過ちにより招いたものだ。クレリオン自身が過ちや罪と感じていないにしても、セルロイズという犠牲者が存在する。いくら過去にまつわる恨みがあるとはいえ今回のような事件を犯したセルロイズを許せる訳ではなかったが、それでもシアはこの件を表沙汰に取り上げ、誰かを裁くというような事をしたくなかった。


 「いいえ、スロート公は何もお知りではありません。お知らせすれば力になっていただけたでしょうが、それはしたくなかったのです。」


 シアの言葉にいったい何を言っているのだと周囲からざわめきが起こり、口を開こうとしたモーリスよりも先にクロムハウルが声を荒げた。


 「そなたがクレリオンを好ましく思うておるのは承知しておる。庇い立てしたくなるのも当然だが、今回の件に関してそれは許される事ではない。たとえ公爵位にある者とて、王位継承者誘拐に関わるは大罪なのだ。」

 「誘拐ですって?!」


 クロムハウルの弟に対する嫉妬を孕んだ言葉に、シアはわざとらしく大袈裟に驚いてみせた。

 

 「城を出たのはわたしの意思です。それを誘拐だなんて―――クレリオン様がそんな事なさる方ではないとお父様とてご存じの筈です!」

 「いや、勿論だとも。勿論存じておる。しかし…しかし、だな。そなたが姿を消す直前セルロイズ=ウェストと接触しておったのは事実であろう?」

 「はい、そうです。セルロイズ様は自分はケミカルの兄だとおっしゃられて、それにクレリオン様にとても似ておいででしたので妙な親近感もわいてしまって―――色々と相談しているうちに―――セルロイズ様は自分に似た境遇にあるわたしを哀れに思われたのか…城を出たいというわたしの願いを聞き入れ、わたしをここから連れ出して下さったのです。」


 その言葉に、広間に居合わせた一人を除く全ての者たちが呆気にとられた。

 除く一人は当然クロードである。

 クロードはシアが紡ぐ言葉に顔色一つ変える事無く、傍らに立ち静かに聞き入っている。


 「恐れながら…シア様は正気でいられますか?!」

 「そのような大怪我までなされて庇い立てをするなど、それは決してお優しさなどではなく隠匿というものでございますぞ!?」


 異様に騒ぎたてる反スロート公家の重臣たちに対し、シアは悲しそうな眼差しを向けた。


 「この傷はセルロイズ様に命をお救い頂いた折に出来た傷です。窓から飛び降りたわたしを引き戻し、今再びここに立つ勇気を与えて下さったのはセルロイズ様です。」


 流石にそれはないだろうと言っている自分でも思うが…嘘ではない。大きく事実と感情は捻じ曲げられているが、決して嘘ではないのだ。

 事件から十日という時間をおく事が出来たお陰で、シアは自分を殺そうとまでしたセルロイズに対する怒りよりも、彼の思い通りになどならない、その為なら女優になるっ!! とすら意気込んで挑んだ帰城。

 何故庇うという疑問と怒りに満ちた重臣たちの中に有って、王と宰相が彼らと意味合いの異なる厳しい顔つきでシアをみつめた。


 「命を救われたとは…窓から飛び降りたとは一体―――」


 口を開いたモーリスの隣で蒼白になっているのはラウンウッドだ。

 その質問に待ってましたとばかりにシアは緊張と共に息を吸い、下唇を噛んで呼吸を整える。それがあたかも何かに耐える様な仕草に見えるならと願いつつ、戸惑いがちに口を開きかけ―――再び閉じた。

 瞳を潤ませ言葉を噤んだシアに、モーリスが一歩前に出ると腰を屈め顔を覗き込んだ。


 「スロート公爵家に起こった跡目争いは周知の事実。それが原因で人の命が失われ、しかもその死にセルロイズ殿が関わっているとさえ囁かれている。そのセルロイズ殿がシア様を伴い姿を消したのです。セルロイズ=ウェストはスロート公の失脚を狙いシア様をかどわかした―――私はそう推察しております。」


 まさしくモーリスの推察通り、セルロイズも自らそうシアに語っていた。

 しかしモーリスはシアの言葉を疑う…というより何故そのような偽りを言うのかと真意を問いた気にシアを見つめているのだ。

 宰相という地位に身を置くだけあって人の嘘など容易く見抜いてしまう。訓練を受けた者ならともかく、ただの一般人であったシアの嘘などモーリスにはお見通しだ。しかし、嘘の中に真実が交わっている分、それがかえって何なのかと疑問の念を抱かせる。


 「確かにセルロイズ様を知る方々からすればモーリス様のご推察の通りかもしれませんし、わたしが騙されているのかも知れません。でもわたしを見て下さい。こんなボロを纏ったただの街娘が王の子だとかって、突然信じられない世界を突き付けられたんです。思い通りにならない窮屈な場所で、同じ様な生まれのセルロイズ様に出会い、心を開き信頼して誰が文句が言えますか? 期限付きで夫を選べ、でなきゃ勝手に決められるって押し付けられて、不安でたまらない時に差し出された手を取って何でいけないの?!」

 「だからと言って何故あ奴なのだ、予はアセンデートの王子でも構わぬと申したではないか?!」


 シアを前に冷静な判断力を失ったクロムハウルはモーリスを押しのけると、シアの肩を鷲掴み、真意だけを述べよと言わんばかりに荒々しく揺らした。

 何時も遠慮がちに距離を置いて接して来る相手に強く触れられ、シアも思わず気持ちが高ぶり大きく頭を振ってクロムハウルの手を振り払う。


 「違います、ゼロじゃない。わたしが好きなのはケミカルです!!」


 絶叫に近いシアの叫びを受け、名を呼ばれたケミカルを筆頭にクロードを除く全ての者が唖然と動きを止め静まり返る。


 芝居であって芝居ではない、それを口にし、感極まって流石のシアも漆黒の瞳から涙が溢れた。


 それからどれほどの時間が流れただろうか。

 実際は一瞬だったかもしれないが、静寂を破ったのは力なく怪訝そうなクロムハウルの疑問に満ちた声。


 「それに―――何の障害がある?」


 ケミカルは宰相であるモーリスの息子オルグと並び、夫候補の筆頭に名を連ねるものだ。シアが自ら相手を選べない場合、その両者から将来のラウンウッド国王となるシアの夫が選ばれる。

 好いた相手が両者の一人であって、何の不都合があると言えよう。


 「それ故にセルロイズを庇い立てするのか?」


 王の言葉にシアは眉間に深い皺を刻んだ。


 「母を愛して下さった陛下なら解って下さると思ったのに―――」


 シアは無意識にであったが、再び陛下と呼ばれたクロムハウルは一気に距離を開けられた気がした。


 「ケミカルには思う人がいて、残念ながらその人はわたしではありません。権力で愛する人を得ても心を得られる訳じゃない。陛下は母を愛したからこそ、母の為を思い捨ておいたのではなかったのですか?」


 身分低いアデリを城に止めおいても辛い思いをさせるだけだと分かっていたから手放し、願いに沿って自由にさせた。離れていてもクロムハウルの心は常にアデリの傍らにあった。しかし、それと同時に、愛の無い王妃との間に深い絆など生まれはしなかったし、互いがそれを役目として熟知しているからこそ王と王妃で有れただけだ。

 これを貴族の常識のないシアに強いるのは酷な話という事は十分承知している。それ故にシア自らが夫を選ぶ期間というものを設けたのもクロムハウル自身だった。


 「悩むわたしに手を差し出してくれたのがセルロイズ様です。おかれた状況に戸惑い泣くだけのわたしを叱咤激励し、身を投げ出したわたしを連れ戻したのも彼です。同時に彼からはこの世界の冷たく辛辣な厳しさも教わりました。わたしはケミカルが好きです。だからと言って他の人を愛している彼を、権力を笠にしてまで手に入れ夫に選びたいとは思いません。」

 

 セルロイズからはとてつもなく醜い部分を学ばされた。シアがこれから身を置いて行く世界は考える以上に酷な世界なのだ。


 「ではそなたはオルグを夫に選ぶのか?」

 「いいえ、オルグさんはわたしには勿体ない位にとても良い方です。でも夫には選べない。」


 オルグがシアに愛を語ってくれる以上、またその思いを利用する訳にはいかなかった。

 そうして決めたのは、お互い特別な感情を抱いていない、利害関係だけの結びつき。

 王と王妃がそうあるように、シアもそれに倣う事に決めたのだ。




 「わたしはエグニオ侯爵家のワース様を伴侶として選びたいと思います。」

 




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