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姫君の選択  作者: momo
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闇を纏う人

 


 セルロイズに連れて来られたのは、寂しい場所にひっそりと建つ古い小さな屋敷だった。


 頼りない月明かりの下に青白く現れた屋敷は周囲を蔦で覆われており、長く手入れがされていなかった事が伺える。

 馬車に押し込められ外の様子を伺う事は出来なかったが、それ程長い距離を走った訳でもなく都を出た様子もなかった。

 しかしここは何処だろうと辺りを見回すが、いくら見渡してもシアにはここが何処なのか見当もつかない。

 娼館を出る時には暴れたものの、ここに連れて来られる間は逃げる機会を見付けるまで力を温存しようと大人しくしていたおかげで、シアの腕を引くセルロイズの態度も手荒な物ではなくなっていた。



 屋敷の中に足を踏み入れると冷たい空気が肌をなぞる。

 外観同様、屋敷の中も長い間捨ておかれた様だが、埃臭いにおいが鼻をつくものの家具には布がかけられ荒れている気配はない。

 大きく立派な作りではなかったが、こじんまりとしていて使い勝手は良さそうな屋敷だった。

 

 屋敷の中に入ると拘束は止み、セルロイズは二階を示し先に進む様指示し、シアは警戒しながらも無言のまま示される場所へと足を進めた。


 扉を開けると居間の様な作りの部屋が現れる。部屋のさらに奥にも扉があり、そこが寝室にでもなっているのであろう。

 どうやら屋敷の主が住まう主室のようだった。

 明かりも何もない月明かりだけが頼りの位部屋に入り、シアはゆっくりと後ろを振り返る。そこには何処となく哀しげな表情を浮かべ部屋を見渡すたセルロイズの姿があった。

 


 この男はいったい何をしたいのだろう?

 彼が口にした言葉は事実だろうが、その内にある物がよく分からない。

 セルロイズについてシアが知っている事と言えば、彼はスロート公爵の長子でありながらそれと認められなかった人だという事。

 同じ様な境遇でありながら子として認められ、王位継承権を得たシアに逆恨みして攫った訳ではなく、全てが父親であるクレリオンへの当てつけ、復讐だという。

 たとえ名を継ぐ事が許されず子として認められてはいないと言っても、セルロイズがクレリオンの長子である事には変わりない。そのセルロイズが王位継承権を持つシアを誘拐したという事は国家に対する反逆罪とも取れ、たとえセルロイズがスロート家の人間と認められてはいなくても、彼の目論見通りその責めはスロート公にまで及ぶのは必至だ。


 だがそれではセルロイズまで責めを受けてしまう事になる。

 彼自身それには無関心の様であり、単にクレリオンへの復讐の為に生きている様にも見えた。だが同時にセルロイズは自身の子をシアに産ませることで身の安全を図りつつ、クレリオンの思惑…スロート家の嫡男であるケミカルに王位を継がせないという結果を望んでいるのだ。

 親子喧嘩というには辛辣すぎると、詳しい内情を知らないシアは目の前に立つ青年を直視しながら考えていたため、冷たい灰色の目と自身の漆黒の瞳が交わっても自らが視線を反らす事はなかった。



 暫く見合っていた二人だったが、先に視線を反らしたのはセルロイズだった。

 セルロイズはシアの傍らを通り越し、中央に置かれたテーブルと長椅子を覆う布を取り払って床に投げ捨てる。


 「ここで私の母は死んだ。」


 そう言ってシアへゆっくりと振り返った。


 「私が殺したのだよ、自殺に見せかけてね。」


 シアは暗闇の中で息を呑んだ。

 淡々と語るセルロイズからは一切の感情が感じ取れない。それ故彼の発した言葉は真実味を帯びシアへ恐怖を植え付けにかかる。

 舌を噛み切ると言った時、死んでも構わないと返したセルロイズの声が脳裏に木霊した。


 「怖がらせて大人しく言う事を聞かせようってわけ?」

 

 シアの虚勢にセルロイズは喉の奥を鳴らし、馬鹿にした様に笑った。


 「お前は駒だ、勝手に動いてもらっては困るのでね―――」

 

 言いながら歩み寄り、右手をシアへと伸ばした。

 伸ばされたセルロイズの冷たい手がシアの細い首に触れる。


 「死して拒むならそれも良いが、果たしてその勇気が持てるかな?」

 「―――――!」


 途端、首に触れるセルロイズの手に力が込められた。

 

 圧迫がもたらす息苦しさと恐怖にシアの瞳が見開かれる。

 片手で首を絞めながら、もがき抵抗するシアの力など届かないとばかりに無表情のままセルロイズはシアの首を絞め続けた。

 シアはセルロイズの手を何とか引きはがそうと暴れるが、抵抗むなしく首にかかる力が緩む事はない。

 少しずつ意識が遠のき感覚が薄れて行く中で、セルロイズの不敵に微笑む姿が目に映った。



 その瞬間―――首にかかる圧迫から解放されたシアはそのまま床に崩れ落ちる。

 

 ヒューヒューと、酸素を求め喉が鳴り、同時に鋭い痛みが襲った。

 

 水中で溺れたとは違い、ただ酸素を求め喉が鳴る。

 蹲り必死で息をするシアの頭上にセルロイズの冷ややかな声が浴びせられた。


 「抵抗を見せぬなら殺してやったものを―――」


 死こそが唯一解放される最後の好機であったとでも言わんばかりに、セルロイズはシアを見下ろしていた。


 焼けつく様な喉の痛みに声も出ず、解放されたばかりの首に手をあてがい恨みがましく声の主を見上げると、セルロイズは乱暴にシアの腰に腕を伸ばして抱え上げる。

 

 「―――!」


 嫌だと拒絶の声を上げたが、首を絞められた直後では上手く音が出て来なかった。

 セルロイズは母親が死んだという長椅子にシアを放り投げるとそのまま馬乗りになり押さえつける。


 「離し―――てっ!」


 やっとの思いで発した悲鳴は小さく擦れ、抵抗してばたつかせる腕は拘束される。ならば蹴り上げようと振り上げた足は体勢の問題で効力を発揮せず虚しく空を切った。

 成人男性に抑え込まれた状態では女一人でどうにか対抗できるものではない。

 だからと言ってこのままあきらめる訳にはいかない。諦めたその瞬間にシアはセルロイズの思惑通り動かされる事になるのだ。



 自由を奪われ流される人生なんて冗談じゃない。

 王位継承権を押し付けられ、それを甘んじて受けたのはこんな事の為ではなかった筈だ。


 抵抗するシアを組み敷き冷たく見下ろすセルロイズを、シアは涙の滲んだ充血した目で睨みつける。


 「変態親父―――」


 孤児の少年が発した言葉。

 あの少年はシアを守ろうとケミカルに喰ってかかっていた。あの時ロンが発した言葉の意味通りの展開がシアの身に起こっている。

 シアを手篭めにし、自在に操ろうとする存在。

 こんな状況にもかかわらず、シアの脳裏にあの日の出来事が蘇り思わず口走ったのだ。

 そんなシアの言葉に意味が分からないとセルロイズは僅かに眉間に皺を寄せる。

 

 「あなたが己の欲の為にか弱い娘を手篭めにしようとする変態親父よ!」


 擦れた声で叫んでも大した音量はうまれないが、シアが発した意味不明の言動により、シアを組み敷くセルロイズの力を一瞬奪った。


 「何を言っている?」

 「分かんないの? あなたの事を言っているのにっ!」


 力が弛んだ僅かな隙を逃さず、シアは足を引きセルロイズの腹を思い切り蹴飛ばした。

 素足の為大した攻撃力はなかったが拘束から逃れるだけの隙が生まれ、シアは身を捩り反転して長椅子から転げ落ちると素早く立ち上がり距離をとるため壁に向かって走る。

 が―――

 その背に素早く腕が伸び、シアの黒髪をセルロイズが鷲掴みにした。


 「きゃぁっ!」


 悲鳴と共に髪を掴まれたまま床に引き摺り落とされる。

 床に体を押し付けられながらもシアは精一杯の抵抗を見せ暴れ回り、カッとしたセルロイズは腕を振り上げると渾身の力をもってシアの頬を叩いた。

 掌と頬がぶつかって弾ける音が闇に響き、シアの口内に鉄臭いにおいが広がる。殴られた衝撃で目眩に襲われたが、それでも抵抗する事は諦めなかった。


 「鬱陶しい!」


 毒つくように吐き捨てると、セルロイズはシアの両腕を力任せに床に縫い付け腹に膝を乗せ、そこに体重をかけた。

 シアは苦しさに唸り声を上げつつも、何とか目を開いてセルロイズを見上げる。


 「何が復讐よ、御託並べるわりにやろうとしてるのは強姦じゃない。結局若い女を抱きたいだけの癖に大層な事言ってんじゃないわよ!」

 「何だと?!」

 「この状況で違うなんて言わせない。自分の思い通りにならなかったから復讐? 笑わせないでよ。目の前にぶら下がってた権力手に入れられなかったのはクレリオン様のせいでも生まれのせいでもなくて、結局はあなたにそれに見合った実力がなかったって事じゃないの。妾腹云々じゃなく、あなた程度が手に入れていい権力じゃなかったてことでしょう!」


 シアが一気にまくし上げた途端、セルロイズの目の色が変わった。

 灰色の瞳は怒りで真っ赤に燃え―――殺意に満ちた激情だけを宿している。


 セルロイズの両手がシアの首に伸びると、そのまま迷うことなく一気に力が注ぎ込まれる。

 先程と異なり、そこにあるのはシアに対する明らかな殺意。

 片手ではなく両腕でシアの首を絞め、更に体重をかけて確実に絞め殺しにかかって来ていた。

 

 

 セルロイズからはスロート公爵家に対する復讐も、何もかもが怒りによって忘れ去られていた。


 お前に何が解る?

 親の愛情を受け大事に育てられた小娘に、欲望の渦のまっただ中で育った人間の何が解るというのだ?!

 

 今彼の心の内にあるのは、目の前の娘に対する怒りだけだ。


 細い首に更なる圧がかかり、シアは薄れゆく意識の中でセルロイズに向かって手を伸ばすが、その指先が触れるか触れないかの所で全ての感覚は遮断された。

 

 

 

 


 

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