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姫君の選択  作者: momo
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何事も最初が肝心

 



 突然の環境の変化に眠れる訳もないと思っていたが、侍女との思わぬ攻防のおかげですっかり疲れ果てていたシアは、究極に寝心地のいい巨大な寝台の上に寝転ぶと瞬く間に睡魔に襲われ眠りに付き、朝食の支度をして寝室を訪れた侍女に起こされるまで完全に熟睡したままだった。

 

 朝から大量に用意された豪華な朝食を全て平らげ、侍女三人がかりで髪を結われ肌触りの良いドレスに袖を通して居間に向かうと、そこには護衛騎士としてシアの側にいる筈のクロードの姿はなく、代わりに昨日王により紹介されたモーリスの息子で、シアにとっては夫候補の一人となるオルグが立っていた。

 「おはようございますシア様、ご気分はいかがですか?」

 父親譲りであろうか。優しく微笑んで挨拶するオルグはいかにも紳士的でまじめな印象を受ける。

 モーリスと同じ銀色の髪は少し長めで後ろに束ねられていて、青い瞳は微笑みと共に細められていた。

 「悪くはないと思います。えっと…オルグ様でしたよね?」

 失礼かとも思ったがうろ覚えのまま名を呼ぶのもはばかられ素直に質問してみると、特に気にするでもなくオルグは頷いた。

 「私の事はオルグと呼び捨てになさってください。」

 「いいえっ、わたしが呼び捨てにされるならともかく宰相様の息子さんを呼び捨てにするなんて―――!」

 慌てて首を振るシアにオルグはくすりと笑った。

 「王妃腹ではないとはいえ、貴方は一国の王女であり、尚且つラウンウッドの第一王位継承権を持つお方ですよ。」

 オルグとてイシュトル公爵家の嫡男としてかなりの地位と権力をもってはいたが、それでもシアと比べると第一王位継承権を持つシアの方が身分だけで言えば上であることは明らかである。

 笑ってさらりと言ってのけたオルグに、シアはうんざりして深い溜息を落とした。

 「わたしは昨日まで普通の貧しい一般市民だったんです。貴族社会の知識も常識も全くないただの馬鹿な娘です。そんなわたしがあなたの様な人に様付けで呼ばれるなんて…恐縮すると言うか、こそばゆいと言うか何と言うか―――」

 シアはだんだんと口籠って行く。

 オルグはそんなシアを微笑ましく見つめていた。

 「解りました。それでは二人だけの時はシア殿と呼ばせて頂きますので私の事はお好きなように呼びください。」

 「えっと…じゃあオルグさんでもいいですか?」

 「はい、結構ですよ。」

 そう言うとオルグはシアに座る事を進め、シアが長椅子に腰を下ろすとテーブルを挟んでその前にある長椅子にオルグ自身も腰かけ口を開いた。

 「シア殿には今日からお妃教育を受けて頂きます。」

 「お妃教育?」

 聞き慣れない言葉にシアはそのまま反復した。

 「シア殿は第一王位継承権をお持ちですが、ラウンウッドでは女性が王位に付く事は禁じられております。その為シア殿の夫となる者にその権利が移行し、シア殿は妃と呼ばれる地位に付く事になるのです。」

 だからお妃教育なのだとオルグは丁寧に説明した。

 「えっと…」

 シアは意味もなく頭を掻き毟る。


 今日はこれから家に戻り、ゼロが訪れるのを待っていようと思っていたのだ。

 ゼロはシアが王の落胤である事も、王城へ連れて来られたと言う事も知らない。母親を亡くしたシアが家から消えたりしていたら、それを見たゼロはどう思うだろう。

 昨日は最後に明るい笑顔すら見せる事が出来なかったし、あの状態で消えたら失踪と思われてもおかしくはない。誤解を招かない為にも将来の為にも、シアはゼロに会って今の状況を説明したいと思っていた。

 こちらから連絡を取りたくても、シアはゼロの身分も家も連絡先も何も知らなかったのだ。今まではゼロの方から訪ねてくれたので何の問題もなかったが、あの家にゼロが行ってももぬけの殻。話をする為にもシアは、家に戻ってゼロが訪れるのを待たなければならなかったのだ。


 「お妃教育と言うのはいったい何時まで―――」

 おずおずとオルグを見上げる。

 「基本的には午前と午後に出来る限り行い、期日は特に設けられてはおりませんが恐らく結婚式までは続けなければならないのではないかと。」

 「結婚式?!」

 現実味を漂わせる言葉に思わず声を上げたシアに対して、オルグは落ち着き払った様子のまま笑顔で頷いた。

 「ご自身で御認めの通り、シア殿は貴族社会の知識も常識も持ち合わせてはいないようですので、これから一から学ぶとなると相当の時間と覚悟が必要になるのではないかと。」

 さらっと笑顔で言われ、シアは思わず頬を引き攣らせる。

 (この人―――優しそうでいて結構図太い根性してるんじゃないのかしら?)

 今すぐにでも事情を話して家に戻りたい衝動にかられたが、夫候補の筆頭であるオルグにゼロの存在を知られるのは憚られ、この場は大人しくオルグの授業を受ける事にした。

 

 

 

 

 

 







 午前中オルグによって詰め込まれた知識は、これからシアが関わりを持つであろう人物の基本中の基本とも言える貴族の名と爵位についてだった。


 まず夫候補筆頭のオルグだが、年は二十三歳で父親はイシュトル公爵家の当主でもある宰相のモーリス。オルグが夫候補に挙がった理由は、モーリスの母親がクロムハウル現国王の異母姉であり、現王の血を引いていると言うのが大きな理由。異母姉と言っても妾の子ではなく、先王とその王妃の子だ。先王の妃は若くに病死し、後にクロムハウル王を産み落とす新たな妃が輿入れしている。

 ちなみにシアの父親であるクロムハウル王は五十九歳で、モーリスの母親は王より十二歳年上。モーリスは現在五十歳であるとの事だった。


 次にもう一人の夫候補であるケミカルは現在十九歳、スロート公爵家嫡男である。 

 ケミカル自身は王位に対して全く執着を持ってはいないが、父親で王の実弟であるクレリオンはそうではない。流行り病で王子達が次々と病死した事で降って湧いた状況に息子を王位に付けたいと、王子が病床にある頃より根回しをし続けていたらしい。その為突然現れたシアにあまりいい感情は持ってはいないようだが、シアがケミカルを夫に選ぶならこれ以上の後ろ盾もないと言えた。


 恐らくこの二人を中心にシアの世界が回って行くのだろう。現在最も注意すべき人物は王弟のクレリオンだが、息子のケミカルは気さくで話しやすい相手だと説明を受け、シアは昨日会ったケミカルの姿を思い出していた。

 「昨日ケミカル様がすっごく不機嫌そうだったのは王位に就きたくないからでしょうか?」

 仏頂面で視線も合わせようとはしない失礼な男だったが、たった一晩で顔も思い出せない。

 王位に興味がないのとその位に就きたくないのとでは意味合いが違う。

 まあケミカルを選ぶ気など毛頭ないのだが、気になったので一応聞いてみる事にした。

 するとオルグは話題を反らすように窓の外に目をやる。

 「その辺りはケミカル自身に聞くのが一番でしょう。さて、そろそろ時間の様ですので今回はこれまでに。それと今日は授業始めですので午後はお休みにしたいと思います。」

 「本当ですか?!」

 午後からもみっちり授業があると思っていたシアは驚き嬉しい悲鳴を上げた。

 「そんなに嬉しそうにされると少々複雑ですね。」

 「あ、いえ…そんな事は結して―――」

 お休みがなくなったらどうしようと口籠るシアに、まあいいでしょうとオルグは立ち上がった。

 「クロードも戻ってきたようですし、午後は城内を散策などされて過ごされてはいかがですか?」

 城壁に囲まれた城は外から見てもとんでもなく巨大で、建物自体も果てしなく大きい。シアは自分が今何処にいるのかすらわからない状態であった。

 「それは自分の足で歩いて覚えろと言う宿題ですか?」

 「シア殿の身分で一人歩きはする物ではありませんが、知らないよりは知っている方がよいのではありませんか?」

 なる程、これは勝手に一人歩きもするなと言われているのだな―――

 シアはオルグと交わす会話全てに気が抜けない思いに駆られる。

 何も彼は意地悪で言っているのではないのだろう。王の子として城で暮らすならこれが至って普通の事なのだ。それを教えてもらうにあたり、彼の貴重な時間を割いているのにも変わりはない。午後を休みにされたのもオルグに開けられない仕事があるのかもしれないし、何も知らない手のかかる自分が大きな態度を取る訳にもいかず、ここで生活して行くにはまず沢山の知識が必要なのだとシアは感じた。




 オルグが部屋を出て行くと入れ替わるようにクロードが姿を現す。

 大分見慣れては来たが相変わらず美し過ぎる背の高いその姿を見上げながら、シアはオルグから聞いたクロード情報を思い出していた。

 年はやはりゼロと同じ二十一歳で、エジファルト伯爵家の二男にあたるらしい。王宮内でも確実に権力を振るう公爵家とは違い身分は劣るものの、シアからすれば伯爵家に生まれたと言うだけでも遠い雲の上の人だった。そんな人に護衛をしてもらう事になろうとは思いもせず、昨日吐いてしまった暴言が思い出され悔やまれてならない。

 クロードは二ヵ月程前に立て続けに病死した王子達、それも第一王子コークランドの護衛を務めたほど優秀な騎士なのだと言う。そのクロードに自分を護衛してもらう等申し訳なさすぎたが、王子達が次々と病死していなくなってしまった今となっては、王位継承権があるシアを護衛して当たり前なのだろうが…それでも帯剣した騎士に守られると言う行為は直ぐに慣れる物でもなく。

 視線を感じながら食べる昼食はあまり進まず残してしまった。


 「あの、クロードさん。ちょっと散策に出ようかと思うのですけど―――」

 食事を済ませ遠慮がちに声をかけると、綺麗な顔で優しく微笑まれお共しますと添えられる。

 取り合えず部屋を出ると後ろからクロードが付いて来ようとしたのでシアはくるりと振り返り、背の高いクロードを見上げた。

 「わたしお城の何処に何があるとか全く解らないんだけど。」

 「何処か目的の場所はございますか?」

 「厨房辺りがいいな。」

 「厨房…ですか?」

 どうしてそんな所にと言いたげなクロードだったがなにも言わず、付いて来て下さいとシアの半歩先を歩きだす。

 「あのね、中からじゃなく外から行きたいんだけど?」

 シアの問いかけにクロードは立ち止り一瞬何かを考えた様だったが、直ぐに了解して建物から外へと向かって歩き出した。

 外に出ると迷路とも模様ともつかない綺麗に刈り込まれた庭園を横切り、次には咲き乱れる花の庭を抜け家畜の匂いが微かに漂う細い道を抜けると目的の厨房に辿り着いた。

 

 丁度昼食の後片付けを終えたばかりの時間で夕食の仕込みまでにはまだ間があり、本来混雑しているであろう厨房に人はまばらだ。

 厨房に連れて来られたがシアの目的は厨房その物ではない。

 辺りを見回すと思った通り、外に出入りする為の通用門が壁にぽっかりと開いていた。

 

 シアは迷う事無く門に向かって真っ直ぐに進むが、当然の様にクロードが立ち塞がる。

 「外出の許可は出てはおりません。」

 厳しい顔で見下ろされるが、シアは怯む事はなかった。

 「別に逃げようとしている訳じゃない、ちょっと家に帰りたいだけよ。」

 眉間に皺を寄せクロードを見上げると今までにない厳しい口調が返ってきた。

 「お立場をわきまえ下さい、城の外では必要以上の危険が付き纏います。」

 「そうね。クロードさんは助けてくれないもんね、昨日みたいに―――」

 「あっ…あれはっ―――!」

 ちょっと嫌味っぽく言っただけなのにクロードは口籠ってしまう。

 意外にも昨夜の出来事はクロードに衝撃を与えていたのだろうか?

 でもあれはどう見ても手助けできないだろうと、後になって助けを求めたシア自身が自分で納得していた。あの時クロードがシアを侍女達から助け出す為に浴室に侵入して来ていたなら、逆にクロードの方がシアの報復に合っていたかもしれないのだ。

 自分で助けを呼びながら、裸を見られる事になると言う事が全く思い浮かんでいなかった自分が恥ずかしい。

 だがそれが幸を成したか、クロードは口籠ったまま先を続けられなくなっていた。


 クロードは二ヵ月前、不幸にも忠誠を誓ったコークランド第一王子を病で亡くすと言う経験をした。

 賊や暗殺者の類なら確実に守りきる自信はあったが、流石に病が相手ではどうする事も出来なかった。そのため次に仕える事となったシアの事は何があっても守り通すと誓っておきながら、主となったシアが最初に求めた助けに手を出す事が出来なかったのである。

 それが例え浴室内で侍女に身体を洗われると言う身分相応の行為を受けていたとしても、シアがそれを嫌がり自分に助けを求めて来たのだ。王女が入浴する浴室に男であるクロードが入る事はあってはならない所業だが、初めて助けを求めたシアに従い咎めなど気にせず手を差し伸べるべきだったのかと、意外にも堅物で真面目なクロードは昨夜からひたすら悩んでいた。


 押し黙ってしまったクロードの顔を覗き込みながら、シアはゆっくりと歩き出す。

 するとクロードが背筋を伸ばし、シアと距離を詰めた。

 「結して私の側を離れないとお約束して下さいますか?」

 クロードの言葉にシアは勢い良く頭を上下に振る。

 「勿論、勿論よクロードさん。どうもありがとうっ!」


 ああこれでゼロに会える―――!


 母親を病で亡くしてから初めてシアの心が僅かに軽くなった気がした。






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