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姫君の選択  作者: momo
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決断前夜


 城に戻ってからも、クレリオンから言われた言葉がシアの脳裏から離れる事はなかった。


 孤児院から戻ると早々にケミカルとは別れたが、それからも何故か意識してしまう。

 確かに夫候補の筆頭として選ばれるだけあって家柄は申し分ないし、血筋の面から言ってもラウンウッドの国王になるに相応しい相手だ。なにしろシアがいなければ王弟のクレリオンの望んだとおり、ラウンウッドの次期国王は間違いなくケミカルになる筈だっただろう。

 だが、それをケミカルが望んでいるかと言えばそうではない。しかもシアは彼を選ばないと約束していたし、ケミカルにはミーファと言う思い人もいた。ミーファによるとケミカルは既に新たな恋の相手も見付けている様子。いやいや、こんな事を考える以前に、シアにとってケミカルはそういう対象ではなかった筈だ。これまで一緒にいて気を使う事なく、確かにくつろげる相手であったがあくまでそう言う友人どまりの相手。


 それに―――


 「わたしが好きなのはゼロだもんっ!」


 拳を握り締め、己に言い聞かせるように宣言すると同時に扉が開き、書類を手にしたクロードが戻って来た。

 気合を入れるように仁王立ちになり、高らかに拳を掲げるシアを目にしたクロードは、どういう反応を示したらいいのか思案した後、今では恒例となった微笑みを浮かべ何も見なかったかのように手にした書類を差し出した。


 「ご所望の出席者名簿です。」

 「ありがとう…」


 明日開かれる宴に呼ばれている貴族達の名前が知りたくてクロードに頼んだのだ。

 護衛であるクロードの手を煩わせるのではなく、シア自身がオルグに直接頼んで取りに行けばいい事だったが、この中から夫となる相手の選別をしようとしていたので、それをオルグに面と向かって頼むのは気が引け、側にいたクロードについ甘えてしまった。


 相変わらず逃げの選択だと思いながら、受け取った名簿をぱらぱらとめくる。

 そこに書かれた名前と顔がまったく一致しない事に今までの怠慢を反省していると、ふと視線を感じてその方向へと振り返った。

 すると、いつになく真剣と言うか、少々不機嫌とも取れるクロードの珍しい表情が目に付いた。

 シアは物言いたげな茶色の瞳を見上げ首を傾げる。

 

 「あのう…なにか?」

 「…いいえ何も。」

 

 そう答えながらもクロードの眼差しは変わず、不審に思いながらもシアは手元の名簿に視線を戻す。

 顔は思い出せないが聞き覚えのある名前がいくつかある。これまでに宴の席で幾度かダンスを踊った相手だ。

 向こうから誘って来たという事は、少なからずラウンウッドの王位に興味があるという事だろう。

 こういう場合、爵位の高い人から選ぶべきなのだろうか?その方が周囲の反感を買う事も少ないだろう。と言うより、次期国王にとっての一番の壁はケミカルの父、クレリオン=スロート公爵かもしれない。

 思案に暮れる中、やはりクロードからは不機嫌とも不安気とも取れる、なんとも理解不能な意味有り気な視線を送られ続け、シアは溜息を落とすと思いきって振り返った。



 「言いたい事があるんでしょう、そんな風に見られると気になって仕方ないから言ってくれない?」

 

 今までシアに対してどんなにか不満に感じる事もあっただろう。無断で部屋を抜け出して彼の名を貶める行為を強要してしまった事もある。そんなときでさえクロードはシアに対して好意的で、逆に慰める様な視線を送り続けてくれていた。クロードはシアに対して、過去に一度も不満な態度すらぶつけて来た事がない。

 それなのにこんな視線を注ぐのだから、相当何か気に障る事がるのだろう。

 

 シアの言葉に少しばかり躊躇してみせたものの、それならばとクロードはシアまであと数歩の所まで近づいた。


 「意に添わぬ相手をお選びになられるおつもりですね?」

 「あ~…うん、ごめん。クロードさんが気にしてくれている事は知ってるんだけど…」


 打算で近付いて来たゼロリオを敵対視し、オルグの告白を受けたシアが自分を追い詰める様な事にならないようにと助言してくれたりと、クロードがいつも自分を気にかけてくれている事は知っている。

 何時も側にいるクロードだ。宴の出席者名簿と睨み合うシアが次にどんな行動を起こすか気が付いて不機嫌になったのだろう。

 

 「私はシア様をお迎えに上がったあの日より、シア様の身も心もお守りするのだと己に誓ってまいりました。この様な事をすれば後々必ず後悔します。それが分かっているというのに見て見ぬふりは出来ません。」

 「こういうのって利害関係が一致している方が上手くいくように思うんだけど―――」

 「それならいっそ私は―――不本意ではありますが、アセンデートの王子を容認致します。」


 その言葉にシアはぽかんと口を開けた。

 クロードまでがゼロリオの名を持ち出すなんて―――。

 あれほど反対され、シアでも駄目だと分かっている相手を何故今更皆が良いと許しだすのか。

 シアを心配しての言葉である事は分かっていたが、クロードまでがその名を口にするとは思いもしなかった。


 「私がこの身に代えてもお二人をお守りいたしますから―――どうか自棄にならないで下さい。」


 懇願するような瞳に怯みつつも、シアはクロードの言葉に疑問を持った。

 「命に代えてもって…どういう意味?」

 単なる忠誠とは思えない、何処となく鬼気迫るものを感じる。

 クロードは美しく整った顔を僅かに歪め、ゆっくりと瞬きした後で口を開く。


 「アセンデートの介入を快く思うものはおりません。当然ゼロリオ王子の命を狙って来る輩は少なくないでしょう。」

 同時に、ゼロリオを選んだシアにもその手が及ぶ危険がある。


 そんなの、少し考えれば分かる事だ。

 ケミカルとクロムハウルが口にした大きな障害―――それはゼロリオがアセンデートの王子だという事実。今更ゼロリオを夫に選ぶ気持ちはないが、それでもそこに付き纏う現実にシアは身が震えた。

 ここは決して平和な世界ではない。そもそもシアにクロードと言う護衛が付いている事で、庶民育ちのシアを第一王位継承者として認めない輩から命を守る意味が隠れているのだ。

 

 本能的な危険を感じ、シアは寒くもないのに身を震わせる。

 「ごめん、ゼロは選ばない。」

 これまでにもゼロリオを認められる度、必ず口にして来た言葉だった。


 殺されるのが怖いとか、ゼロリオの命を危険にさらせないとか言う問題ではなく、それはあの日、ゼロリオと別れた日に決めた事だ。

 震えるシアをみつめるクロードに、大丈夫だと力なく笑顔を作る。


 「クロードさんは認めてくれないかもしれないけど、わたしは明日の宴の出席者の中から夫になる人を選ぶわ。それはオルグさんでもケミカルでもない、利害関係だけの相手になるだろうけど―――」


 好き勝手にやると決めた。

 自分に正直になるなら、まだ時間に猶予があるならシアは別の選択肢を選ぶ事になったかもしれない。いま、シアの心に芽生えつつあるものはシア自身にもよく分からない感情で、ある種の物と肯定するには時間がなさすぎたのだ。

 芽生えた気持ちはまだ形にすらなっていない。

 今のシアが目指すものは愛だの恋だのと言った物ではなく、誰を次代の王に選ぶかと言う事実だけ。



 「わたしに愛想を尽かすなら護衛を止めてくれも構わない。本当は…クロードさんとはずっと一緒にいたいって思うんだけど…これで怒らせるんなら仕方ないよね。」


 クロードが純粋にシアの事を心配してくれているのが分かっていただけに、シアがしようとしている事は彼にとっては許せないだろう。

 悲しげなシアの瞳に、クロードははっとして我に返る。


 「そんな事は―――!」


 自分の意思でシアのもとを離れる事だけは絶対にない。

 守り抜くと誓った主を、シアを失う事程クロードにとって悲しい事はないのだ。

 二度と―――失ったりするものかとクロードは唇を噛む。


 「出過ぎた事を申し上げました。」


 クロードは片膝を付くと頭を垂れた。


 「私自らの意思でシア様のお側を離れる事は有り得ません。私は未来永劫、何があろうともシア様のお側でその御身を支え続けます。」


 そこに男女の愛や恋と言った甘い感情がないからこそ、純粋に確証をもって誓えるのだ。

 単なる護衛に留まらず、何があろうと精一杯の力でシアの事を守りぬいて見せる―――

 痛い程に向けられる忠誠に、シアは戸惑いながらもおずおずとクロードに手を伸ばし、その手を肩においた。

 

 「クロードさんはわたしがここに来た時から寝ても覚めても一緒にいる、家族みたいに大切な人だよ。これからわたしが夫を迎えても、その男性ひとよりも近い存在でいてくれる大切な人。」


 クロード自身が言ったように、夫となる者よりも近衛であるクロードは、確実にシアの傍らに有り続ける筈である。


 「意地悪な言い方をしてごめん。でも我儘はこれが最後。それに、必ず不幸になるなんて決まってないし―――」


 シアが不幸だったのは大切な家族を失った時だけだ。愛していたゼロリオとの別れの時も、それが不幸だったとは微塵も思ってはいない。


 「それでも―――私はシア様の幸せを願わずにはおれません。」

 「うん、頑張るよわたし。でもさ、こんな風に心配してくれる人がいるってだけでもわたしは幸せ者だって思うよ?」

 

 にっこりと笑ってクロードを覗き込むと、クロードは悲しいのか嬉しいのか、両者の入り混じった瞳でシアを見返していた。 



 

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