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姫君の選択  作者: momo
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自棄と強がり

 シアの純潔騒動から数日後の昼下がり、ケミカルはスロート公爵家の門を潜った。


 ここいら一帯は領地を持つ貴族たちが都に所在を移している際に利用する別宅がある区域で、辺りには立派な屋敷が立ち並んでいる。

 スロート公爵も王子の位から臣下に下る際、公爵位とともに広大な領地を手に入れ、それと共に領地に巨大な屋敷を建ててはいたが、一年の殆どを都で過ごしている為ここは別宅と言うよりも本宅に近い状況になっている。

 

 実の所朝帰り…と言うか、最近は夕方起き出し、夜になると後腐れのない貴婦人方と遊び歩く日々が続いている。昨夜も出会った夫人の一人と朝まで親密に過ごしてひと眠りした後帰宅すると言う、ケミカルは公爵家の嫡男としてはあるまじき放蕩息子ぶりを発揮していた。




 楽しい筈の遊びだが、遊んでも遊んでも虚しさが残るだけで後悔ばかり。何かが得られる訳ではないと分かってはいたが、それでも止められず同じ事を繰り返してしまう。

 いったい自分は何をしているのだろうと自問自答しながら自室の扉を開くと、一人の見目麗しい娘が長椅子に腰を下ろし優雅にお茶をすすっていた。


 娘はケミカルを認めるとカップを手に持ったまま、にっと笑って片手を上げて挨拶する。

 その光景にケミカルは思わず目を疑った。


 「何でお前がこんな所にいるんだ?!」


 驚くケミカルに、シアは不思議そうに答える。

 「何でって…クレリオン様がいつでもおいでって言ってくれたから?」

 「いや、だからってどうやって来たんだよ…」


 愚問とでも言うかにシアの指し示す先には長身のクロードの姿。

 ケミカルは大きく溜息を付き、胸元のボタンを外しながら気だるげにシアの前に腰を下ろした。

 「言っとくけど抜け出して来たんじゃないから。ちゃんとクレリオン様には許可を取ったよ。」

 そう言ってお茶をすするシアの手元をケミカルは疲れた表情で見据えた。

 「怪我はもういいのか?」

 包帯が巻かれてはいるが器用にカップを持っている。

 突然現れたシアに驚きはしたが、あんな事があった割には元気そうでケミカルは安堵した。


 「怪我よりも心が痛かったわ。」

 「まぁ…そうだよな。」

 何しろあんな事があったのだ。

 居心地悪そうにぽつりと呟くケミカルにシアはくすりと笑って返した。

 「冗談よ。気にしてないって言ったら嘘になるけど…あの時は庇ってくれてありがとね。なのにひっぱたいちゃってごめんなさい。」

 我を忘れ取り乱したシアの気持ちが分からなくもないケミカルは、そんな事謝る必要ないのにと視線を彷徨わせる。

 「いや、あんなのは痛くも痒くもないって。それにひっぱたいたのは俺の方が先だしな。」

 気にするなと言いつつ、シアにとっては苦い体験であるには変わりがないので、ケミカルは話題を切り替えた。


 「で、何か用があったのか?」

 「用がなくっちゃ来ちゃいけない?」

 用がなくても構いはしないが、相手は一応一国の王女なのだ。護衛付きとはいえふらふらと歩きまわっていい訳がない。どうかしたらまた同じ様な目に合わされかねないではないか。

 「そんな訳じゃないが…お前まさか―――?!」

 親父に会いに?!

 ケミカルの慌て様にシアは可愛らしく首を傾けると、人差し指を顎に当てて微笑んだ。


 「その・ま・さ・か・よ!」


 「はぁっ?!」

 驚き過ぎて一気に気だるさが飛び目覚めが押し寄せる。


 「何驚いてんの、冗談だって。もしそうならクレリオン様は城にいたのにここに来る必要ないでしょ。」

 冗談だところころ声を上げて笑うシアを目にし、今までの彼女にない違和感を覚えた。

 楽しそうに笑ってはいるが、目が笑っていない気がする。

 「脅かすなよ―――」

 無理に楽しそうにしているのではないかとケミカルは感じ、気付かないふりをしてシアに付き合う。

 「じゃなくって、ちょっと聞きたい事があって。」

 「何だよ。」

 「ミーファさんの事。」

 シアから笑いが消え真顔に戻ると、ケミカルは無意識に視線を彷徨わせた。

 「あ、あぁ。」

 ミーファの名に自分が現在している事を思うと後ろめたさを感じる。

 「オルグさんと婚約解消したって聞いて。ミーファさんってどうしてるかなって気になってさ。」


 あの事件以来ケミカルはシアのもとを訪ねるのを止めていた。遊び歩いて登城もせず、それでも父親であるクレリオンが小言を言わなかったのは、何故かシアがクレリオンに懐いてそれに付き合っていたりしたからである。

 クレリオンは自分の血を引いたケミカルが王位を継ぐ好機を逃すまいと思ってはいるが、同時に何処となくシアを気に入ってもいたのだ。


 「なんでお前がミーファの事なんか気にするんだ?」

 素っ気なく答えるケミカルにシアは深い溜息を落とす。

 「それがさぁ…わたしオルグさんに好きだって告白されたの。オルグさんはその告白をする為にミーファさんとの婚約を解消したって。ケミカルには悪いけど…何かこれでいいのかなってさ。」

 オルグとミーファの婚約が正式に解消された事で、ケミカルは両家にわだかまりを持たずにミーファに接近できる。だがミーファの事を考えるとシアは手放しで喜べる状況ではなかった。


 そんなシアにケミカルは腕を組んでそっぽを向く。

 「ミーファなら婚約解消のショックで修道院に籠ってるよ。」

 「修道院?!」

 驚いたシアは声を上げ腰を浮かしたが、息を吐きながら腰を落ち着けると半眼開いてケミカルを睨みつける。

 「―――それで女の匂いぷんぷんさせてこんな時間にご帰宅って訳?」

 軽蔑の眼差しにケミカルは返す言葉がない。

 

 事実、オルグから婚約を正式に解消されたミーファに何もしてやれずに手をこまねいている。その不甲斐無さから自分で自分に失望し、まさしくシアに指摘された通り、開いた穴を埋めるかに毎晩遊び歩いているのだ。

 

 口を噤むケミカルにシアは腕を組んで再び溜息をついた。

 「あなた何考えてんの。好きな女が落ち込んでる時に遊び歩くなんて阿呆らしっ。」

 「あっ…阿呆らしい?!」

 なんでこいつはこんな汚い言葉ばかり吐くんだとケミカルは眉間に皺を寄せた。

 「そう、阿呆よ。だってそうでしょ?この前はわたしの事必死で庇ってくれて男らしかった癖に、好きな女の事になると二の足を踏むなんて女々しいにも程があるわ。」

 オルグならともかく、シアを庇う事でケミカルにもたらせる利は何もなかった。最悪なりたくもない王位に付く羽目になってしまう所だったのだ。

 「男なら駄目もとで気持の一つでも告白してみなさいよ。そこから何か状況が変わるかもしれないじゃない!」

 修道院に籠ったからとて手が出せない訳じゃない。スロート家の嫡男であるケミカルが権力を振りかざせば何とでもなる話しだ。


 確かに出来ない事ではないだろうが…ミーファの気持ちを知るケミカルにはその勇気がなく、そのまま俯いてしまう。

 シアはそれを見て小さく笑った。

 「わたしこのままじゃオルグさんを選べないわ。」

 切なそうに言葉を紡ぐシアの声にケミカルははっとして顔を上げた。


 城の薔薇園で垣間見てしまった、シアとアセンデートの王子ゼロリオの熱い抱擁の場面を思い出す。

 あの後泣いていたであろうシアは、今もまだゼロリオの事を思っているのだろう。先日の事件の折に寝室に侵入した男の名をシアが口にしなかったのもゼロリオを庇っての事だ。ゼロリオもシアを抱かずにおいたと言う事は、ゼロリオなりにシアを愛おしいと思っていたのだろうとケミカルは結論付けている。


 「お前はそれでいいのかよ。」

 好いた相手がいる状態で他の男と結婚しなければならないなんて…貴族社会ではよくあることだがシアの場合は、この世界に無理矢理引き込まれた様なものだ。

 するとシアは困ったような顔で微笑んだ。

 「いいってよりも、わたしが選ばなきゃ王家の血が濃いケミカル優勢よ。あなたはそれでいいの?」

 ケミカルにだって思い人がいるし、王位なんてものには全く興味がない。何よりも堅苦しい王宮に押し込められるのは性に合わないのだ。

 「それは困るな。」

 ケミカルの答えにシアはくすりと笑った。

 「でしょう?だから遊び歩く前にミーファさんと何とかなりなさいよ。じゃなきゃ恋愛感情のないわたしがミーファさんを差し置いて、優先権だけでオルグさんを選ぶのって間違ってると思うのよね。」

 それがクリアされるなら、自分を好きだと言ってくれたオルグと共に歩んでみてもいいと思う。


 シアは両腕を上げて大きく伸びをし、長椅子に仰け反った。

 「あ~あ。いっその事次の夜会とやらで最初にダンスを申し込んで来た相手を選んじゃおうかしら?」

 自虐気味な言葉にケミカルは苦笑いを浮かべる。

 「一生の事なんだからもっとよく考えて行動したらどうだ?」

 「そう思うけど、何か王家の言いなりってのも嫌気がさしちゃって。大人しくいいなりになるより庶民育ちらしくやりたい放題やって反抗してもいいのかな~と思いつつ…全部放り出して逃げたくなったりするのよね。」

 貧しくも幸せだった庶民の生活。

 戻れるものなら今直ぐにでも戻りたいと言うのが正直な所だった。

 「お前、損な性格してるな。」

 王女としての節度を守りながらなら、思ったように行動しても文句は言われない地位と権力を手に入れたと言うのに、それを行使するではなく周囲の事ばかり考えて自分は後回し。逃げたいと言っても逃げた先で誰が犠牲になるのかを考えるとそれも出来ないのだ。

 「それはケミカルだってそうじゃない?」

 スロート家の嫡男としてもっと強く出てもいい気がする。

 普通なら権力を振りかざして好きな女を手に入れると言うのが、シアの考えていた貴族の男と言うものだった。


 「それでミーファさんが籠ってるって修道院ってのは?」

 「リラレンツェ修道院って貴族の女子が寄り集まった所だ。」

 リラレンツェ修道院ならシアも知っている。

 お金持ちばかりが集まる小さいながらも立派な修道院で、都の中心にある大聖堂に隣接していた。


 シアは長椅子から立ち上がると、二人が話し出すと同時に離れた位置まで下がったクロードに振りかえる。

 「もう一件、付き合ってもらえますか?」

 シアが微笑むとクロードは優しい眼差しのまま静かに頷いた。

 





更新が遅くなりまして申し訳ありません。

次話もちょっと遅れますが、どうぞ最後までよろしくお願いします。

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