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姫君の選択  作者: momo
16/38

拒絶

 


 姫様は純潔の乙女に間違いございません―――


 老婆の声は寝台に横たわったままのシアの耳にも届いた。

 同時に何か物が割れる音が響き、ケミカルの罵声が木霊する。

 何を言っているのか分からなかったが、シアはぼんやりとその声を聞いていた。



 純潔を疑われ屈辱に身を震わせ老婆を睨みつけていた時はどんな報復をしてやろうかと意気込んでいたが、事が終わると脱力し、けだるい疲労感に襲われる。

 

 深い怒りはある。だがそれよりも彼らと自分では済む世界がまるで違う、打ち解ける事など出来ないのだと言う思いの方が今は強く、強制的に教えられた気分だ。

 庇おうとしてくれたオルグやケミカルも―――彼らはシアを見て何を思ったのだろう。やはり王達と同じようにシアを疑い、オルグに至っては他の男の手の付いた女など興味は失せただろうか。

 どんなに言い繕っても昨夜ゼロリオがシアのもとに忍んで来たのは事実だし、何もなかったにしても、ミーファとの婚約を解消してまで誠実に接してくれようとしたオルグを裏切った事には変わりがない。

 ケミカルに至っては愛する人がいるうえ、王になりたくないにも関わらず相手は自分だと進言してシアを庇ってくれた。どんな行為が行われるかを知って同情してくれたにせよ、何の見返りもないと言うのに庇ってくれた事に感謝しなくてはならない。シアがケミカルだと頷いていたら彼は逃げられない立場に追い込まれただろうに―――ケミカルはちゃんと後先考えて行動しているのだろうか?

 そう思うとふいに笑いが込み上げて来た。

 そして笑いと同時に涙が溢れ―――やり場のない怒りがシアを襲う。

 シアは寝台の脇に置かれた水差しに手を伸ばすと壁に向かって力任せに投げつけた。

 壁に激突した水差しは大きな音を立てて砕け、一面に水による染みが出来上がる。

 音に驚いて駆け付けた侍女にシアは視線を這わせたが、直ぐ様近くにあった花瓶を手に取ると今度は窓に向かって投げつけた。

 花瓶は窓ガラスを破って外に飛び出す。

 辺り一面を割れたたガラスが散乱しながら宙を舞い床にばらまかれた。



 「シア様おやめ下さいませっ!」

 手に取るもの全てを投げてまわるシアの暴挙に動転した侍女は泣きながら懇願し、モーリスが寝室に駆け込んで取り乱したシアを取り押さえようと手を伸ばした。

 「シア様お静まり下さい!」

 昨日までなら落ち付けたモーリスの姿を目にしても、今となっては拒絶の対象だ。

 「触らないでっ!」

 シアはモーリスの手を払い除けると散乱したガラス片を鷲掴み自身の喉元へと向けた。

 ガラスを握り締めた手から赤い鮮血が流れ落ちる。

 「近付いたら死んでやる…出て行って…出てってよっ!!」

 流れ落ちる赤い血にオルグが近付こうとすると、シアは首を振って拒否し手に力を込める。

 「シア殿―――!」

 流れる血にオルグは足を止めた。

 脅しではなく、本気で首に突き刺しそうな勢いに誰もが息を飲む。

 しかしそこに迷いなく飛び込んだのはケミカルだった。

 迷いも見せずシアの腕を掴むと素早く捩じり上げ、関節が外れそうな痛みに力が緩み手にしたガラスを取り落とす。

 「怒りをぶつけるのはいいが自分を痛めつけてどうなるってんだ?!」

 ケミカルの緑の瞳が怒りに燃えていた。

 王がシアに強いた行為はケミカルも納得できない。我が身に受けた行為ではなかったが、流石にケミカルも頭に来て側にあった花瓶を投げつけ粉砕させた。物を破壊しうっぷんを晴らす行為は理解できるが、自分を傷つけ命を囮にするやり方は許せない。

 それなのに尚も散乱するガラスに手を伸ばそうとしたシアにケミカルは手を上げる。


 パンと―――シアの頬を打つ音が響き、周囲が息を呑んだ。


 左頬を打たれたシアはその拍子に身体がぶれケミカルに受け止められる。


 「この程度の事に負けてどうする!」

 厳しい言葉がシアの胸に突き刺さった。


 この程度―――?

 怒りにかっとなり、振り上げた手がケミカルの頬を打つ。

 ガラス片を握りしめていた方の手で殴った為、ケミカルの頬にはシアの血の痕が残された。

 シアに打たれる事を予想していたケミカルだったが、あえてそれを受けたのは怒りを発散させるためだ。

 「力でねじ伏せてあんな事しておいて…それでこの程度って言葉で片付けられるとでも思ってるの。純潔だからって何だって言うのよ。男と寝てたら王女止めてもいいて事?馬っ鹿みたい。だったらいくらでもそうしてやるわよっ!」

 「シアっ!」

 落ち付かせようとケミカルが肩を掴むとシアは身体を捩じって腕を振り解く。

 「出て行ってっ、みんな出てけ――――っ!!」

 怪我をして泣き叫ぶシアを目にし、誰も口を開く事が出来なかった。

 それだけ酷い事をしたのだ。仕方がないでは片付けられない…それはここにいる誰もが分かっている。

 だからと言ってこんな状態のシアを残して行ける訳もなく―――

 「取り合えず部屋を変えよう。」

 花瓶やら水差しやら窓ガラスやら―――あらゆるものが散乱し危険地帯と化したこの部屋は今直ぐ使える状況にない。寝室程ではないにしろ、隣の居間もケミカルが怒りに任せて破壊した高価な花瓶の破片が散乱している。

 モーリスは青ざめたままの侍女に新しい部室を用意するよう命じた。

 「シア殿、傷の手当てをしなくては痕が残ります。」

 オルグが手を伸ばすと、シアはびくりと肩を震わせた。

 「やだ…あっちに行って…!」

 屈辱的行為を受けた後は一時的に茫然となったものの、怒りで錯乱し、そしていまオルグに手を伸ばされると身体が拒絶しているのか、シアは身体を小刻みに震わせながら黒い瞳いっぱいに涙をためて後ずさった。

 まるで大人達がそろいも揃って子供を苛めている様である。

 シアの様子にオルグも伸ばした手を引くと、悲しそうに眉を顰めた。

 どうして助けてあげられなかったのだろう―――今更であるが誰もが後悔の念を抱きながらも、男である故、更には王に仕える貴族である故に当然の流れだと決めつけていた節があるのだ。シアの錯乱は予想外だったが、今回の行為もそのうち受け入れられるだろうと軽く考えている節がある。

 


 沈痛な面持ちでシアをみつめる男達の背後から声がかけられた。

 「これはまた酷い有様だな。」

 呆れた様な声に振りかえると、スロート公爵クレリオンが割れたガラスが散乱する部屋を何処となく楽しそうに見渡していた。

 「スロート公―――」

 何故ここにとモーリスは訝しげに視線を送り、息子であるケミカルはあきらかに不快感を露わにしていた。

 対するクレリオンは口角を上げるとケミカルを鼻で笑い、周囲を無視して通り過ぎるとシアに歩み寄った。

 笑顔を浮かべて近寄って来たクレリオンを見上げたシアの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 「お可哀そうに…」

 クレリオンは零れ落ちた涙を指ですくい取る。

 「この様な場にいては心が落ち付きますまい。しばらく我が屋敷で静養されてはいかがですかな?」

 クレリオンは白い清潔なハンカチを取り出すと、血が滴り落ちるシアの手にそっと押しあてた。


 シアは突然現れたクレリオンに見下ろされ、きょとんと灰色の瞳を見上げていた。

 ケミカルを王の座に据えたがっているクレリオンの所に行くと言うのは何を意味するのか―――彼の思い通りになるのは危険なのではないかという考えが頭を過るが、今更王家に気を使う必要が何処にあるんだと言う気持ちがシアの心を支配する。

 やりたい様にやられたんだから、こっちだってやりたい様にやって何が悪い?


 「彼女まで掌の上で転がすつもりですか!」

 声を上げたのはケミカルだった。

 その声にはっとし、シアはケミカルを見上げる。

 「人聞きの悪い事を言うな。私は姫君の為を思って意見を申したまで。決めるのは―――あなたですよ?」

 そう言ってシアを見下ろすクレリオンは自信に溢れた態度だった。


 そうだ…この人の胸に飛び込むという事は、いい様に利用されても文句が言えないと言う事。

 威厳がありながらも、優しくそつのない態度につい和ませれてしまったが、まがりなりにもクレリオンはケミカルの父親なのだ。クレリオンの庇護をうけると言う事は、ケミカルを夫に選ぶと言っているのと同等の意味になるのではないのか?


 シアはケミカルを見上げた後でクレリオンに視線を戻す。

 「わたし―――」

 錯乱し周りが見えない状況でタイミングよく現れたクレリオンに危うく頷いてしまう所だった。

 「わたし…クレリオン様の事が好きです。でもお屋敷に上がる事は出来ません。わたしはここで大丈夫、お気使いありがとうございます。」

 我を取り戻したシアは一部に爆弾発言を組み込みながらも、オルグに教えられた通りきちんと言葉を述べ挨拶した後で深く頭を下げた。


 好きですと告白されたクレリオンは、当然そこに特別の意味があると思いはしなかったが、それでも昨日たった一度話をしただけで好意を持ってもらった事にまんざらでもない様子。何しろシアは、自分では全く気付いてはいないが母親譲りの美貌で細い体に豊かな胸といった、男心を擽る外見をしているのである。たとえ親子ほどの年の差があっても、そんな娘に好きと言われて嬉しくない男はいない。

 そして文字通り、好きを惚れていると解釈したケミカルはみるみる青ざめ言葉を失った。


 「それは残念。ですが気が変わればいつなりと屋敷を訪れて下さい。あなたなら家人一同歓迎しますよ。」

 クレリオンは散乱したガラス片の中からシアを救い出すと、勝ち誇ったような意味有り気な微笑みを浮かべた。

  

 




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