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姫君の選択  作者: momo
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火種

 護衛でもないオルグが起きていると言うのに呑気に寝ていてもいいのだろうか?

 せめてもの自己満足でクロードが戻るまでは起きていようと寝台の上でごろごろしていたが、やはり睡魔には勝てずシアはうつらうつらとまどろみ始めていた。


 すると突然何者かによって体を押さえつけられ、声を上げられないよう口元を覆われる。

 突然の出来事にまどろみから一気に覚醒したシアは驚愕し、恐怖に慄いた。

 

 (誰―――?!)


 暗闇の中で拘束され声を上げる事も出来ない。

 シアが恐れ慄きながら眼を見開くと、見慣れた優しい微笑みの主がシアの目に飛び込んで来た。


 長い金髪がシアの頬をなぞり、僅かな光を受け輝く青い瞳が見下ろしている。


 (ゼロ?!) 


 どうしてゼロがこんな所に?!


 相手が賊や夜盗と言った危害を加える輩でないと知ってほっとしたのも束の間、どうしてゼロリオがこんな所にいるのかとシアの頭の中は疑問でいっぱいになる。


 ゼロリオはシアを拘束する手を緩め、人差し指を口元に立てて静かにするように指示してからシアの口を覆った手をゆっくりと離した。

 「驚かせてごめん、アセンデートに帰る前にどうしても君に会いたくて。」

 謝罪の言葉を述べながらも、年齢に似合わない悪戯に成功した少年の様な微笑みを浮かべ、極めて小さな声でシアの耳元に囁く。

 ゼロリオは明朝早くセフィーロと共にアセンデートに帰国する事になっていた。別れたとはいえ心はシアにあるままのゼロリオが訪ねて来ても不思議はないが―――

 「いったいどうやって―――?」

 「君と同じでそこの窓から。」

 ゼロリオが視線を向けた先には、先日シアがシーツをロープ代わりにして脱走した窓。ゼロリオは夜盗さながらに外から三階のシアの部屋を目指して上って来たのだ。

 あの件がゼロリオの耳にまで入っていると思うとシアは恥ずかしさで顔を赤らめつつ、よく上って来れたものだと感心してしまった。

 「もう二度と会う事はないかもしれない。だから君に幸せになってと伝えたくてここまで来たんだ。」

 「ゼロ―――」

 シアの瞳が切なく揺らいだ。

 「僕以外の男に君を委ねるのは不本意だけど、君が選ぶ男ならきっといい奴に違いないって信じてるよ。」

 ゼロリオはシアの髪を撫でながら言葉を紡ぎ、シアは彼の言葉で不安に陥る。


 自分の選ぶ相手なら―――


 選んでしまった後になって後悔しても遅い。 

 後悔したくないから色々考えて―――それで迷って一歩も踏み出せない状態になりそうで怖かった。

 そんなシアの心情を察してか、ゼロリオはシアの頬を両手で挟んで瞳を覗き込む。

 「不安そうだね。何かあったんだ?」

 ゼロリオには心が筒抜けだ。

 どうして彼ではいけないのだろう―――出会いは仕組まれていたとはいえ、ゼロリオを好きだと言う気持ちが消えないシアは今もまだ彼の胸に飛び込みたい衝動に駆られてしまう。

 「ある人にプロポーズされたの。」

 シアの言葉に一瞬身体が強張ったものの、ゼロリオは優しい微笑みのままシアを包み込んだ。


 手に入れたい―――でもそうする事によって様々な問題が巻き起こってしまう。 

 ゼロリオはシアを出来る限り宮廷内で巻き起こる醜い争いに巻き込みたくないと思ってる。無理をすればシアを手に入れ、ラウンウッドに留まるのではなくアセンデートに連れ帰る事も出来るやもしれない。だがそうする事で巻き起こる紛争にシアを引き込み傷付ける事態は避けたかった。

 諦めるのに―――自分は諦めなければならないと言うのに、シアにプロポーズして手を触れようとしている男がいる。

 それが目の前で起こっているのだと思うと、ゼロリオは深い嫉妬に襲われた。


 シアを優しく抱き寄せ、髪を撫で付け頬に口付けする。

 頬から顎に、そして細い首筋に―――

 「―――っ!」

 首を強く吸われ、シアは小さく唸る。

 声を上げては隣にいるオルグに気が付かれ、見つかったらゼロリオにとって不味い事になると予想が出来た。その為シアは特別な抵抗も見せずゼロリオにされるがままを無言で受け入れる。

 「駄目だよ抵抗しないと。でなきゃこのまま襲ってしまいそうだ―――」

 微笑みを向けるゼロリオにシアは真っ赤になって思わず身を引いたが、ゼロリオはそんなシアを引き寄せ再び胸に掻き抱き耳元で囁いた。


 「明日にはきっといろんなものが見えて来る…いい事も悪い事も両方ね。辛い事もあるかもしれないけど、その中から真実を見付けてごらん。そうすればきっと幸せになれるから―――」

 ゼロリオは最後に再びシアの頬に口付けると、僅かな時間の逢瀬を名残惜しみながら来た時同様窓から外に出て行く。

 気配もなく窓を潜ったゼロリオを慌てて追ったシアが下を覗き込むと、既に彼の姿はそこにはなかった。


 最後まで唇にキスする事なく去って行ったゼロリオ。

 これが二人の本当の別れとなった。

 

 










 

 クロードがシアのもとに戻って来れたのは予想に反して夜も明けようかという頃。

 部屋の扉を開けたクロードが目にしたのは居間の長椅子に座り、侍女に命じて持って来させた書類に目を通しているオルグの姿。

 「何故シア様の側にいないのですか?!」

 非難がましく言葉を吐きながら、クロードはシアの眠る寝室の扉を迷いなく開く。

 一連の動作が素早過ぎてオルグはクロードを止めるのが間に合わず慌てて駆け寄った。

 クロードは暗闇の中で眠りに付くシアを認めるとほっと息を付き、躊躇しながらもシアの寝室を覗いてしまったオルグはシアの寝姿から視線を反らすと、無言でクロードの腕を掴んで寝室の扉を閉めた。

 「クロード、お前はシア殿の寝室に足を踏み入れ警護をしているそうですね?」

 それがどういう意味に取られるか分かっているだろうと責めるオルグに、それがどうしたと言った感じでクロードは反省の色もない。

 「シア様への忠誠を疑われるとは心外です。私は必要とあらば浴室にでも足を踏み入れます。」

 現実にクロードが浴室へ踏み込んだからシアは浴槽で溺れずに済んだのだ。そう言われてしまうとオルグにも返し難い所があったが―――

 「それでもシア殿は未婚の女性です。騎士であるクロードならその辺の思慮が出来て当然でしょう…」

 クロードはかつての主コークランドを病で失ってから、新たな主であるシアを失う事を極度に恐れている節がある。行き過ぎた所があるのはそのせいだろうが、相手が未婚女性だと言う事をもっと気に掛けなければならない。

 だと言うのに―――それを忠誠一つで跳ね退けられては頭が痛い。

 「オルグ殿が思われる様な事は我が命にかけないと誓えます。我が使命はシア様を命に代えても守り抜くと言う事―――それに同室にての警護も今夜で最後です。」

 夜が明け間もなくすればセフィーロ一行はラウンウッドを立つ。同時に最も警戒するゼロリオも城を出て行くと言う事だ。それさえかなえばクロードが気に病んで来た心配も無くなるといものだ。

 「まぁいいでしょう…お前のシア殿に対する忠誠心に文句はつけないが今後やり方は選んで欲しい。後々面倒な事になるのだけは避けたいですからね―――」



 だが夜が明けシアが起き出し姿を現した後―――二人は各々の思いで深い後悔をする事となる。

 クロードはシアを残し、傍らにての警護を怠ってしまった事を。オルグはクロードの過剰な意識が無駄ではなく正しかった事を知り、シアを預かりながら守り切れなかった事を…それぞれが互いに後悔の念で自身を呪った。



 シアの身に起きた事に最初に気付いたのは着替えを手伝った侍女。

 侍女はシアの首筋に出来たばかりの赤い花弁の様な痕に気付くと顔を赤らめ、昨夜はオルグが明け方までシアに付き合っていたと言う事を知っていたので、シアの首筋に情事の痕を付けた相手はオルグだと決めつけてしまった。その為シアの眠った寝台のシーツに男女の営みの痕がない事にも気付かぬまま、事の成り行きを喜び勇んで女官長に報告してしまったのである。

 シアの未来の夫、ラウンウッドの未来の国王が決まったとばかりに慌てる侍女に反して、女官長の表情は厳しい物だった。

 女官長は古い考えの持ち主で婚前交渉と言うものを嫌い、イシュトル家の嫡男ともあろう者が事の順序も守れなかったのかと落胆する。それでも起こってしまったものは仕方がないと宰相であるモーリスのもとへと急ぎ向かって報告を済ませた。

 驚いたモーリスは仮眠中だったオルグの部屋をノックもなしに訪れ―――オルグはモーリスから聞かされた事態に絶句した。

 

 シアが昨夜男と肌を重ねたなど決して有り得ない―――!

 明け方近くまで側にいたオルグは父の言葉に耳を疑い、モーリスは息子の反応に相手がオルグではない事を確信する。

 全ては侍女が喜び勇んで浮足立ち、状況も何も確認せずに勘違いした事による間違いであったのだが―――シアの首筋にはゼロリオが残した置き土産があったのだ。

 

 シアの不安とゼロリオの嫉妬から生み出された一つの火種。


 この火種から生みだされるものがシアに苦痛と真実を見抜く糧を与えてくれる事になる。







 久し振りの講義を受ける為に部屋で大人しくオルグを待っていたシアは、何の前触れもなく突然押し寄せて来た一行に驚きながらも礼儀正しく彼らを迎えた。

 

 宰相のモーリスを筆頭に不安気に後を追って来たオルグ、女官長に見知らぬ老婆と尼僧の様な…全身を隠すローブに身を包んだ三人の中年女性。

 彼らの醸し出す雰囲気は決してシアに好意的ではなく、後退りたくなる思いを必死にこらえ彼らを見据えた。

 この時シアの傍らにはクロードがいなかった。

 シアの首筋に吸引痕を付けた相手がオルグでないと分かってから、クロードは国王の命令により一時的にシアから引き離される事となったのである。 

 勿論シアはそんな事実は知らず、単にクロードは忙しいのだとばかり思っていたし、午前中にオルグが訪ねて来ないのも急に何かがあったのだろうと簡単に構えていた。朝に着替えを手伝ってくれた侍女が楽しそうに側にい控えていたので特に何も感じなかったのだが―――

 その侍女も今は凍りついたように青ざめて動かなくなっている。


 (いったい何―――?)

 

 異質に漂う空気にシアは不安になりオルグに視線を這わせると、オルグはシアを見てはいたが目線が合っていない。

 オルグはシアの首筋にある赤い痕に気を取られるあまり、不安なシアに気付いてやる事が出来ずにいた。


 「昨夜シア様の寝所を訪れた輩がいますね―――」

 モーリスの声があまりにも冷たくてシアはびくりと肩を震わせた。

 「その者の名を教えていただいても宜しいですか?」

 モーリスの視線がオルグと同じ自分の首筋に注がれている事に気付き、シアは昨夜ゼロリオが吸い付いた首筋に思わず手を触れた。

 その動作にモーリスとオルグは反応し、それを見たシアは『明日にはきっといろんなものが見えて来る―――』と言ったゼロリオの言葉を思い出す。

 今ここでゼロの名を出すのはいいことじゃない。

 察したシアは口を固く結んだ。

 するとモーリスがシアのもとへとゆっくりと歩み寄って来る。

 「父上おやめ下さい、相手は私です!」

 「お前は黙っていろ。」

 「ですが―――っ!」

 今更繕っても最初の時点で失敗しているオルグに勝ち目はなかった。


 事の成り行きを王に報告した際、王は真実を確かめ黒なら相手の名を聞き出せと―――父親ではなくラウンウッドの国王としての命令を下したクロムハウル王に、モーリスは自身も一国の宰相として振る舞わなければならないと自覚している。


 「シア様、貴方に所有の印を付けた者の名を教えていただけませんか?」

 初めてみるモーリスの宰相としての顔にシアは恐れを成した。

 なんて冷たく―――恐ろしいのか。

 冷淡なモーリスに恐怖心を抱きながらもシアは首を横に振る。

 「誰も…誰も来ていません。」

 シアは自分の首筋にそんな痕が残っているなど知らなかった為、所有の印と言われても全く意味が分からない。だがゼロリオの言ったように、良くも悪くも色んな物が見えそうな気がして怖かった。

 「シア様にお答えいただかなければ、少々手荒な事をしなくてはならなくなります。」

 ゆっくりと、幼い子供に言い聞かせるように紡ぐモーリスに、シアは恐怖心を持ちながらも首を振った。

 ゼロリオの名を出してはいけない―――何があっても。

 シアは絶対に話さないと自身に誓う。


 (多少の乱暴なら受けて立ってやる!)


 意気込むシアから身を引いたモーリスは、先程から後ろにいた老婆と中年の女三人に目配せする。

 四人の女達が頷きシアに迫って来た時、ノックもなしに勢い良く扉が開かれケミカルが飛び込んで来た。

 「ちょっと待てっ、俺だよ俺。昨日こいつの寝室に忍び込んだのは俺だ!」

 声を上げ飛び込んで来たケミカルは、後を追って来たらしい兵士に後ろから羽交い絞めにされ動きを塞がれるが、一人を投げ飛ばし尚も前に出ようとして三人がかりで取り押さえられる。

 「相手がケミカル殿であるなら隠す必要などない筈です。」

 馬鹿げた庇い立ては止めなさいとモーリスはケミカルを一瞥し、シアに視線を戻した。

 「何言ってやがる、俺に間違いないって。そうだろシア、モーリスの奴に俺だって言ってやれ!」

 見た事もない剣幕で捲し立てるケミカルに、いったいなんだとシアは眉を顰めた。

 そんなシアを見て、こいつは何も分かってないんだとケミカルは肩を落とす。

 「馬鹿、俺だって言えって。じゃなきゃとんでもない目にあうぞ!」

 そう言っている時点でケミカルではない事は確定だと突っ込みたい所だったが、シアの方も訳が分からず緊迫感だけが辺りに漂う。

 ケミカルが自分だと訴えオルグは沈痛な面持ちで口を噤む。

 国王の命令が出ている以上止められないのは事実。父親であるまえに一国の宰相であるモーリスを前にオルグは口を噤むしかなかった。

 そうこうするうちに二人の女がシアの腕を掴んで寝室へと引っ張って行く。

 残る一人が寝室の扉を開け、シアは文字通り引き摺られながら寝室内へと消え入り、最後に老婆が入室すると扉が閉められた。



 女性とは言えシアを寝台に抑え込んだ二人は相当な力があり、どんなに身を捩って抵抗を見せても解放される事はなかった。シアが叫んで何を言っても老婆を筆頭に女達は終始無言で、それがシアの恐怖をさらにあおる。

 「いったい何なのよ、離してっ…離しなさいよっ――――!!」

 とても女とは思えない力で抑え込まるシアに歩み寄って来た老婆が初めて口を開く。

 「暴れますと痛みを伴います故、お力をお抜き下さいますよう―――」

 二人の女がシアの肩を抑え込み、残る一人がドレスの裾をたくし上げようと手をかける。

 この時になってシアはようやく自分の身に起ころうとしている事が理解できた。


 彼女達は純潔を確認しようとしているのだ―――!


 突然我が身に降りかかった屈辱的行為にシアは蒼白になる。

 「こんな事して許されると思っているの?!離しなさいっ、離せったら―っ――!!!」

 

 昨夜のゼロリオの行為がシアの脳裏を掠めた。

 ゼロリオが触れた場所にオルグやモーリスの視線が降り注がれていた。

 あの行為でモーリスの言う所有の印がシアに刻まれたのだろう。目にしていないのでいったいどんなものか分からなかったが、思えば今朝から侍女の様子もおかしかった。様子の違いはあれど、侍女もシアの首筋を見て喜んでいなかったか?誰もかれもがシアが誰かと肌を重ねたと思っているのだ。相手がオルグやケミカルでないと察して…それで相手の名を言わないシアにこの様な行為を敷いているのだろう。

 ラウンウッドの王に相応しくない相手の子を宿していないかの確認なのだ。いや、それだけなら次の月経を待てばいいだけの事。この行為にはシアの純潔を知ると当時にシアと…シアに手を出した男への戒めの意味もあるのだと思うとシアは怒りのあまり涙が溢れて来た。


 ゼロリオはそんな軽薄な人じゃない―――わたしは―――こんな事までされても王女でいなければならないのか!?

 捨ておかれた娘だからなのだろうか…生まれながらに王女として育っていたならこの様な辱めを受ける事もなかったに違いない。庶民出だから―――汚い娘だからと蔑まされているのか?!

 

 融け始めていた心が一瞬で凍りつく。

 こんな屈辱を与えた王にも、それを冷酷に実行するモーリスにも、この世界のやり方の何もかもに嫌気が刺す。

 凌辱に近い屈辱的行為を受けながらも、シアは必死に口を噛んで声を上げるのを堪えた。


 (意地でも泣くもんか―――!!)


 シアは涙を飲むと抵抗をやめ、身体に触れて来る老婆に精一杯の虚勢を張り睨みつけた。 

 

 

 




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