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姫君の選択  作者: momo
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全ての始まり



 ラウンウッド王国、王都の外れにある墓地に佇む一人の娘。

 黒い喪服に身を包んだシアは、一昨日病気で亡くなった母親を神の国へ送り出したばかりだった。

 






 辺り一面が夕闇に赤く染まってもシアが墓標を離れる事はなく、まだ乾ききらぬ土の上に手にしていた白い花をそっと捧げる。


 白く透明感のある肌に伝う涙はない。ただ茫然とその場に立ち尽くし、柔かな風がシアの長い黒髪を揺らすばかりで、漆黒の濡れた瞳は泣き疲れて虚ろに漂っていた。

 

 未婚でシアを生んで育ててくれた母親は、シアにとってはたった一人の家族であった。母親譲りの見目麗しい容姿をした陽気な娘。だが今は悲壮感ばかりが漂いその影すら窺う事が出来ない。



 美しかったシアの母親は小さなパン屋を営みながらたった一人でシアを育て上げた。

 人並み外れた美貌を兼ね備え、周囲の誰よりも美しかったシアの母親アデリには、シアがいるにも関わらず幾多もの男が結婚を申し込んで来たが、アデリは決してその申し出を受ける事なく、苦労しながらも必死になって女手一つでシアを育てあげた。何時も忙しく走り回っていた母親だったが幼い娘の面倒も完璧にこなし、シアもそんな母親が大好きで物心付く頃から仕事を手伝い、よく働く母親思いの優しい娘に育って行った。

 

 これからどんどん仕事をして沢山楽をさせてあげようと思っていたのに―――

 

 アデリはシアが十七歳の誕生日を迎えたその日、都に蔓延した流行り病で命を落とした。

 この病は庶民はおろか、裕福で満足な薬が買えた王侯貴族すら例外なく襲い、ラウンウッドに三人いる全ての王子の命すをも奪い去ったという。


 夕闇迫る時刻、背後から長い影がシアの横に落ちる。一人の背の高い青年が白い花束を持参し、アデリの墓標に捧げた。

 青年は土の上に膝を付き祈りを捧げ終えるとゆっくりと立ち上がり、シアの傍らに寄り添い細い肩を抱き寄せる。


 「遅くなってごめん―――」 


 この青年がシアの前に姿を現したのは実に六日振りだった。

 長い金の髪を後ろに束ねた青い瞳の青年は、そのままシアを引き寄せ胸の内に優しく抱き寄せる。


 「ゼロ―――」


 シアは青年の名を呼ぶとごく自然に逞しい胸に顔を埋めた。


 「直ぐに来てあげられなくてごめん。心細かっただろう?」


 愛おしそうにシアの黒髪を撫で、優しく言葉をかける。シアは青年の胸に顔を埋めたまま、肩を震わせ涙を流した。









 




 シアがゼロと名乗る青年に出会ったのはほんの一月ほど前の事だった。その頃はまだ病の蔓延もなくアデリも元気に店に出て、シアと共にパン作りに精を出していた。

 そんな二人で賄う小さなパン屋にはとても似つかわしくない、清潔で身なりの整った美しい青年が突然現れたのだ。


 「巷で評判のパンをぜひにも食べてみたくてね。」


 そう言って微笑んだシアよりも四歳年上の青年は、その日から毎日店に通うようになり、五日目にはシアをデートに誘って二人で出掛けるようにまでなっていた。


 一見した所では庶民の服装に合わせた衣服を着てはいたが、その作りは細かで素人目にも上等の生地と解る代物。手の動き歩き方一つとっても無駄なく洗練されていて、一目でゼロが貴族社会に属する人物だと言うのが露見した。その為アデリも言葉でこそ言わなかったが心配し、シアも最初は距離を置いて付き合うようにしてはいたが、美しく洗練されたゼロの側にいると声をかけられただけで否応なしに惹かれてしまう。


 ほんの僅かな時間でも側にいられて楽しいし、気が付けばシアはゼロが店に姿を見せるのをいつも心待ちにするようになっていた。


 しかしただの一般庶民であるシアと貴族であるゼロではあまりにも身分が違い過ぎる。どんなに望んでも結婚したりといった夢は望めず、いい所で妾止まりだ。それも若さあればの事で年を重ねればいずれは飽きられ捨てられて終わり、子供が生まれたとしても認知もされず捨て置かれるだけと言うのが当たり前の世界。


 父親のいないシアもそんな風にして生まれたのではないかと周りでは噂されていたので、これ以上のめり込んではいけない事はよく分かってはいた。

 分かってはいたがゼロの側にいて、同じ時間を過ごしているとどうしても惹かれてしまうのだ。シアはゼロに恋し、ゼロもシアに愛の言葉を語った。

 けして遊びではない、本当にシアの事が好きなのだと語るゼロだったが、本当の身分は語ろうとはしなかったし、シア自身もそれを聞いてしまったら二人の関係が終わってしまうような気がして口にする事が出来なかった。それでも唇を重ねる以上の事を求めようとしないゼロに誠実さを感じ、シアは更に恋心を募らせていくようになる。

 

 そんなある日、毎日通い詰めていたゼロの足が止まり、偶然にもその日アデリが高熱を出して病に倒れた。そして看病の甲斐なくわずか四日後―――シアの十七歳の誕生日にアデリは呆気なくこの世を去ってしまったのだ。



 シアはゼロに支えられる様にして家に戻される。一人なら何時までも墓標に佇んでいただろう。


 「大丈夫かい、今夜は一緒にいようか?」


 一晩を共に過ごす事にゼロが特別な意味など求めてはいないと言うのは解っていた。

 何時もそうなのだ。

 身分の違いに踏み切れなかったシアを気使い、最大限の優しさで誠実に、紳士的に接してくれる。分かってはいたが、それでもシアはゼロの申し出を断り首を横に振った。


 「今は一人でいたいの。大丈夫、平気よ。」


 いつも陽気で明るかったシアの姿など微塵もない。

 心配したゼロはやはり留まろうと言い出したが、流行り病を患った家にゼロを入れて万一にも感染させてしまうのを恐れ、シアはけして首を縦に振る事はせずに少し強引にゼロを家から追い出した。

 

 心配そうに眉をひそめるゼロを無理矢理作った力ない笑顔で送り出したシアは、扉を閉め鍵をかけるとそのまま床にうずくまり涙を流し声を上げて泣いた。


 母を失いたった一人になってしまった悲しさと、愛しい人に縋ってはならない現実。それが同時に押し寄せ、どうしようもなく心が寂しかった。

 そうして泣くうちに何時の間にか眠ってしまったのだろう。シアは床に蹲った状態で、扉が叩れる音で目を覚ました。




 寝起きの目を擦り、皺だらけになってしまったスカートを伸ばし乱れた髪を手で梳かしてからそっと扉を開くと、僅かに開いた扉の隙間から身なりのいい紳士が顔を覗かせていた。

 年の頃は五十歳前後だろうか。白髪交じりの銀髪の男性は、僅かに開かれた扉の向こうにシアを認めると優しい笑顔を向ける。


 上等なマントの下に質の良い上着が覗き、男の後ろには何やら紋章付きの大きな馬車が佇んでいる。

 一目で貴族と解る風貌に、もしかしたらゼロの関係者だろうかとシアは扉を開いた。


 「アデリ殿のご息女、シア様でございますね?」


 そんなご丁寧な呼ばれ方など一度もされた事がないシアは返事も忘れ、目の前の紳士をぽかんと見上げる事だけで精一杯だ。そんなシアに紳士は優しく微笑む。


 「私はラウンウッド王国クロムハウル国王の側にて宰相を務めております、モーリス=イシュトルと申します。本日はシア様を王宮にお連れする為に、お迎えに参上いたしました。」


 それだけ言い終えるとモーリスは右手を胸に当て、優雅に礼を取った。


 モーリスの口上をぽかんと口を開け唖然として聞いていたシアは、モーリスが頭を垂れた事に気付くと慌てて深く頭を下げる。


 「それではシア様、誠に恐れ入りますが王宮までご足労願えますか?」


 モーリスは身体を横に引き、シアを馬車へと招くように右手を差し出した。その差し出された綺麗な手を見て、シアは訳が解らず何度も瞬きを繰り返す。


 (な……なんですって?)


 たった今自分はこの紳士から王宮へ行けと言われたのか?

 聞き慣れない言葉使いでご丁寧に並べられたが、頭に残ったのはそれだけだった。


 (いったい何で? わたし何か悪い事でもした?!)


 全く身に覚えはなかったが、身なりのいい紳士を前に浮かんだのはゼロの面影。

 別にゼロが目の前の男に似ていた訳でもない。ただ、貴族らしい雰囲気に覚えがあるのがゼロだけだったのだ。

 もしかしたらゼロに近付く卑しい輩を排除しようとして―――!?

 シアの脳裏によからぬ考えが浮かび上がる。


 (ゼロから遠ざける為に何処かに売り飛ばそうってんじゃないでしょうね?!)


 たった一人の家族だった母親を失い悲嘆に暮れていたシアには、この状況で前向きな考えなど思いも浮かばなかったのだ。


 咄嗟に踵を返し家の奥に駆け込むと裏口を開け放ち外に飛び出す。その瞬間、シアの前に大きな影が立ちはだかった。


 「うげっ?!」


 思いっきり鼻頭をそれに激突させ、同時に両腕を拘束された。

 見上げるとそこには白い衣服に身を包んだ、これまた驚く程に美しい容姿をした男の姿。


 短めの茶色の髪に同色の瞳の二十歳前後の青年は、シアが見知る男性の中で最も綺麗だと思っていたゼロを遥かに凌ぐ美しい容姿をして、にっこりと微笑みシアを見下ろしていた。


 腰には帯剣―――立襟の白い上着が王国騎士団の制服だとも気付かず、シアは剣を目にして怯えた表情を浮かべる。


 「失礼致します。」


 言うなり青年はシアの背と膝裏に腕を回し軽々と抱き上げてしまった。


 「ひえぇぇっ?!」


 素っ頓狂な悲鳴を上げつつ捕獲された恐怖に手足をばたつかせて抵抗するが、細身かと思われた青年の身体は意外に逞しくびくともしない。

 騎士はシアを抱きあげたまま表で待つモーリスのもとまで運ぶと、先程目にした紋章付きの煌びやかで大きな馬車の中にシアを座らせた。

 馬車だというのに身体が沈む程柔かな座椅子に驚く間もなく、美貌の騎士が馬車から下りると入れ替わりにモーリスが入って来る。

 広い車内の最奥、壁に沿うように小さく身を寄せたシアに、乗り込んで来たモーリスが優しく微笑むと馬車が動き出した。

 

 (いったいなんだって言うのっ?!)


 自分の置かれた状況が全く掴めず、シアは隅に身体を摺り寄せ怯えた表情でモーリスを見上げる。

 するとモーリスはシアの心中を察して最初から一つずつ、優しく事態の説明を始める事にした。 

 

 



 


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