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ディサピアー

初めて小説をかいてみました。

 頭が酷く痛み、吐き気すら催す休日の朝だ。私は今、早急に解決しなければならない問題に直面している。それも極めて重要な問題、いわば最優先事項と言っても良いだろう。

あるはずのもの(・・・・・・・)がそこには無い。

存在して然るべきものが前触れなく消失している、という事実をすぐには受け入れる事ができず、二分ほどはただ呆然と立ち尽くしていた。

喉はカラカラなのに握り込んだ拳は汗で酷くウエッティーな有り様だ。

落ち着け。

まずは事実を直視し心から受容する。解決するにはそこからだ。


私は常に大事な物の置き場所を決めている。玄関のシューズクロークの上である。なぜ大事なものをそんな人目に付く場所に無造作に置くのかと言われそうだが、経験上無くすと困る、とタンスや棚の奥にしまった方が後々、どこに保管したのか分からなくなるものなのだ。

だから敢えて誰が見ても分かるような場所に安置しているのだ。

・・・誰が見ても(・・・・・)

目撃者はいるだろうか。

いくら考えてもぼんやりしている現在の頭では解決には至らないだろう。

住人たちに訊くことにした。


小鳥たちのさえずりは次第に鳴りを潜め、朝食の時間が迫っていた。




リビングのある二階へ上がると、妻のバーバラが朝食の準備をしてくれていた。本日のメニューはシュガートーストにキュウリのサラダ、キュウリに胡麻ドレッシングがこれでもか、というほどブチまげられている。

私は濃い味付けが好みなので妻も分かってくれているのだろう。

共に人生を歩んで十五年、夫婦の絆は深い部分で繋がれていることをこういうところで再確認できる。

「おはよう。今日もいい天気だね」

いつも通り声掛けするが、バーバラは背をこちらに向けたまま反応しない。

きっと寝起きで脳みそが覚醒しきっていないのだろう。とりあえず用意してくれた朝食をいただくことにする。

「いただきます」

手始めにトーストにかぶりつく。その時舌全体が感電したような衝撃があった。

塩っ辛い。

これはいつものシュガートーストではない。

十中八九、塩がまぶしてある。

「バーバラ。恐縮だがこれは砂糖と塩を間違っていないかね?」

しかし、バーバラは相変わらず返事をしない。後ろ向きのまま淡々と機械的に洗い物をしている。

様子が変だ、彼女は何か隠している、と直感した。

「ごちそうさまでした」

ソルトトーストはやんわりと置き去りにして、この様子では訊き込みをするには困難だと判断し、先に息子のタイソンのもとへ向かうことにした。




彼はやんちゃ盛りの小学四年生だ。ついこの前まで私の膝にねかせてお風呂で洗ってやっていた気がするのだが、子供の成長は早いものである。

彼の部屋の前に立ってコンコンと指でノックをした。

「おはよう。もう朝だぞ」

「・・・うん、おはよう」

少しの間があり返答があった。だが寝起きではなく、すでに目覚めているふうの声色だった。

「タイソン、朝イチから済まないのだが尋ねたいことがある。いいかね?」

「え?なに?」

ドアを閉ざしたまま彼は答えた。

「玄関脇のシューズクロークの上、置いてあったものを知らないか?」

「・・・さあ?それはいつの話?」

いつ・・・?

それを置いたのは昨日の夜・・・のはずだ。依然として頭痛と吐き気が交互に襲ってくるので思考が定まらないのだが、昨日は会社に出勤し夜に帰宅した。それが平日のライフワーク、社畜たる私の日常のはずだ。

「昨日の夜にそこに・・・」

「だったら知らないよ」

言葉を遮ってタイソンは答えた。

「昨日はお父さんが帰って来る前に寝ちゃったし、朝はさっき起きたばかりだから」

さっき起きたばかりにしては、話し方がやけにハキハキしているような気がする。ここでも感じる違和感。背筋を冷えた汗が滑り落ちていく感覚があった。

「もういい?友達とゲームやってる途中だから」

「え・・・?あ、ああ」

これ以上の追求は無意味だろう。掴みどころがない何かを抱えたまま、部屋の前から立ち去った。




リビングにバーバラの姿はない、洗い物を終えて洗濯機を回しに下の洗面所に降りたようだ。

テーブル上には完食を諦めたソルトトーストが放置されていた。

彼女の代わりに部屋にいたのは犬のアンダーソンと猫のルドルフだ。

アンダーソンはフロアのど真ん中にだらしなく横向きに寝そべり、ルドルフは窓の縁に座ってじっと外を眺めている。

「なあ、お前たち・・・」

言いかけて私は訊くのをやめた。ここは現実世界であり、SF映画のように犬猫が人間と言葉を交わせることはないのだ。もし仮に話せたとして、この者たちから手がかりを得られるかどうかも分からない。

詰み(チェック・メイト)だ。


くそっ。


なぜなくなっているのだ。


わたしの大事な、


千円札。


これでタバコを買おうとしていたのに。


うん?


これでタバコを買う?


どうして?


それだけしか手持ちのお金がないのか?


少しずつ頭の中に立ち込める霧が薄まっていく。記憶の糸をたぐり寄せていく。


夜に帰宅した。


タクシーに乗って帰宅した。タクシー?


おかしい、私は電車通勤しているのだ。


それに一人ではなかった。会社の同僚も乗っていた。さらに霧が晴れていく。

同僚の言葉が断片的に浮かび上がる。

「・・・おい大丈夫かよ。飲み過ぎだろ、お前」


「姉ちゃんが可愛いかったから調子に乗ったな、財布まで落としちまってさ」


「おい、おまえん家着いたぞ。一文なしじゃ大好きなタバコも買えないだろ。少ないけどこれ持っていけ。ポケットに入れとくからな」


「じゃあな、おつかれ」


何とか玄関の鍵を開け、私はポケットからありがたい大事な千円札をシューズクロークの上に置いた。





リビングに戻るとバーバラが椅子に腰掛けて、こちらを向いて優しく微笑んだ。

「あなた、朝から探しものをしてるのよね」

そう告げて私に差し出した。


大事な千円札。


「これも大事なものかしら」


もうひとつ差し出されたものはキャバクラの女の子の名刺だった。


頭痛と吐き気はすっかりおさまっていた。





















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