どうなっても知らねえぞ?
「土魔法は攻撃魔法としても使えやすが、俺は攻撃や防御の補助として使うことが多いでさあ」
屋敷に到着した翌日、俺は居並ぶ公爵家の領兵たちに、戦闘中の魔法の使い方を教えていた。
まあ、教えてるってのは、言い過ぎかもしれない。普段、森や洞窟での行動中に魔法をどう使っているか、実践して見せているだけだ。
公爵家の敷地内にあるただっぴろい訓練場には、数十人もの兵士たちが見学にやってきていた。
「ちょいと、槍で俺を突いてみな」
「はい!」
俺は目の前にいた若い兵士の一人に声をかける。そいつは、俺よりも頭ひとつ背がでかい。体格には恵まれたようだ。
その模擬戦用の木の槍を持った兵士は、緊張の面持ちで俺の前に立った。
「いつでもいいぜ」
「やあっ・・・うわ!」
若い兵士が槍を突き出そうとした。しかし、槍を前に突き出そうとした瞬間、バランスをくずしてその場に転んでしまった。
俺が、兵士が前足をだそうとした場所に、少しばかり穴を掘ったからだ。若い兵士はその穴に足をとられ、前のめりに倒れたのだった。
ざわめく兵士たち。
「前もって、相手の動きが予想できさえすりゃあ、少しの魔力で簡単に体制を崩せる。そうなりゃ、あとはこうさ」
俺は小剣を振り上げて、兵士へ振り下ろす仕草をしてみせた。
「ひっ」
「な。体制さえ崩してやりゃ、自分よりでかいやつでも簡単に急所を狙えるだろ」
手を差し出すと、若い兵士は俺の手を掴んで立ち上がった。
「協力に感謝するぜ」
「ありがとうございます!」
兵士は一礼すると、すぐに隊列へと戻った。
この公爵家の兵士たちは質がいい。統率がとれている上に、規律もしっかりしている。兵士たちの向上心もある。そして、何より冒険者の俺を見下さない。
俺がつい最近までいた街の兵士は、ごろつきと大差なかった。領主の威を借りて、冒険者の俺たちをゴミのように扱いやがった。
ゴブリン討伐の件もそうだ。領兵との共同作戦だったはずだが、やつらは巣に入る直前に俺たちを先に入らせた。そして、危険だと見るや否や、さっさと撤退しやがった。その結果、俺ともう一人の冒険者を除いて、他の連中は全員帰ってこなかった。その俺も、すんでのところで死ぬところだった。
二度とあの領地でのクエストは受けねえ。
「水魔法が使えるなら、足元を泥にする手もあるぜ。発動してから効果が出るまでに少し時間がかかるのが難点だが、複数の敵を足止めできる利点もある」
「それは、盗賊を捕まえた時に使っておられた方法ですね!わたくし、場所の窓から見ておりました。本当に見事な魔法の使い方で、わたくし感心いたしました!」
お嬢様に声をかけられる。彼女はどうしても自分も見学したいと言って、俺の魔法教室を見にきているのだ。
「そ、そういや、そうでしたな・・・。ただ、下手に動き回ると自分も足を取られちまうので、使う時は注意が必要でさあ」
俺は三ツノの突いた兜をコンコンと叩いた。
たしかに、あの馬車の周囲一面は泥だらけになっていた。状況から推測するに、足場を奪ってからロックバレットか何かで頭部を狙ったんだろう。それに、お嬢様の話を聞く限りでは、攻撃がある直前にひゅうと音がして、それから眩い光があたりを包んだそうだ。
おそらく、音で気を引いてから閃光弾か光魔法で視界を奪ったのだろう。盗賊どもは見事にその作戦にひっかかり、短時間のうちに無力化されて、捉えられてしまったようだ。
かなりの戦闘巧者の仕業であることは間違いねえ。
ま、お嬢さんたちは俺が全部やったと思っているようだが・・・
水魔法、俺は使えねえんだよな。
それからしばらく、俺は土魔法と火魔法の使い方を実践してみせた。兵士たちは、攻撃に魔法を使うことには慣れていたが、戦闘の補助として魔法を使う方法についてはほとんど知識がなかった。
こんなしょぼい魔法の使い方を見せて、馬鹿にされるんじゃないかと内心びくびくしていた。だが、冒険者のこういう魔法の使い方は、連中にとっては新鮮だったようで、彼らは興味津々という様子で俺の話を聞いてくれた。
長年の経験で身に染みついた技術が、こんな形で評価されようとは。
ひとしきり魔法の使い方について見せたあとは、実践訓練をすることになった。
「えい!」
向かい合った兵士の一方が、土魔法で足元に穴を掘る。だが、相対する兵士は地面が凹むより前に槍を突き出し、それが相手の胸にあたった。
「惜しい、もうちょい早くだ」
「はい!」
「相手の動きをよく見るんだ。魔法の発動にかかる時間を先読みして、間に合うように出すんだ。いいか?」
「はい!!」
いい返事だ。
冒険者にもこんなやる気に溢れた後輩がいりゃ、俺も少しは楽ができたかなあ。
訓練は夕方近くまで続いた。土魔法が使えない連中には、火魔法で隙を作る方法を教えてやった。両方ともつかえない兵士には、ちょっとした体術を教えてやった。
そうして訓練の終了間際には、俺がやってみせたことの基礎的な部分については、大方習得できていた。兵士たちはみな筋がいいのか、若さ故に飲み込みが早いのか。
羨ましいことだ。
「俺の実践訓練はこんなところだ。少人数の戦闘や、狭い場所での攻防、魔物相手にゃ役に立つだろうぜ」
「ありがとうございました!」
兵士たちが揃って頭をさげる。
何だか妙に気分がいい。こんな大勢の連中に、頭を下げられたのは生まれて初めてだ。
今日は、うまい酒が飲めそうだな。
「すばらしいです、テイラー様!」
兵士たちが解散すると、お嬢様が駆け寄ってきた。
「魔法で戦うといえば、大きな火の玉を出して投げつけるとか、氷の塊を飛ばしてぶつけるとか、そのような使い方をするものだと思っておりました。こんな魔法の使い方があるなんて、本当に感心いたしました」
「こいつは、魔力の少ない冒険者が、なけなしの魔力を効率的に使うために考え出した、ちんけな方法でさあ。魔力がたっぷりありゃ、どーんと大きな魔法で一撃で倒しゃいいんでね」
「そんなことはございません。どんなにすごい魔法使いでも、魔力は無限ではございません。長い戦いを生き延びるためには、魔力を効率よく使うことがとても大切なことなのだと、わたくしは思いました」
「俺の魔法の使い方が参考になったんでしたら、そいつは嬉しいことでさ」
俺は再び兜をコンコンと叩いた。
このお嬢さんも、貴族の令嬢とは思えないほどに謙虚だ。
「テイラー様は、街を出られるのですか?」
「いや、しばらくはこの街にいるつもりでさ。公爵様に街の出入りを自由にしてたいだきやしたし、このあたりを探索してみたいと思っておりやす」
「魔導王国へ向かわれる途中ではなかったのですか?」
そういえば、ソニア嬢にはそんなことも話したっけな。
「まあ、急ぐほどの用でもねえですんで」
「そうですか!では、是非また屋敷にもお越しください」
「ありがとうございやす」
俺はお嬢さんに頭を下げる。
ありがたいことに、この娘にはすっかり気に入られたようだ。こんな年になって、若い娘に懐かれることがあろうとは。人生、何が起こるかわかったもんじゃねえな。
「それで、テイラー様、ひとつお願いがあるのですが・・・」
「なんでさあ?」
「魔物を倒したという、火柱の魔法を、お見せいただくことはできますでしょうか」
「お、おう」
なるべく、そこに触れられないように、地味な魔法の使い方ばかり見せてきたんだが。誤魔化しきれなかったか。
前もって公爵様には「大魔法は女神の加護のおかげ」だとか「危機が訪れたときしか使えない」だとか「ここで使うと被害が出る」とか、いろいろと予防線を張ってはおいた。それが功を奏して、今日は大魔法をぶっぱなす見世物じゃなく、魔法の実践的な演習をする話になった。
それで事なきを得たと思ってたんだが・・・
「いや、ですが、大魔法をここでやると建物が壊れちまいやす。またの機会ということで・・・」
「半分の力で良いですから、是非!」
「うーん」
俺は悩むフリをして腕を組む。
ってか、そんな大魔法使えねえし。
どうやって胡麻化したもんか。むろん、正直に「使えねえ」と言うのも手だ。ちょっくら恥はかくが、そんな恥はこれまで掃いて捨てるほどかいてきた。今更、それがひとつくらい増えたってどうってこっちゃねえ。
だが、この期待に溢れるキラキラとした瞳を、落胆で曇らせることになるかと思うと、ストレートは断りにくい。
はて、どうしたものか・・・
「わかりました。それでは、わたくしがひとつ、魔法を撃ちます。是非、どうすればもっと良くなるか、ご指摘くださいませんか?」
うーむ、それならまだ何とかなる・・・か?
「お嬢様!そのドレスで魔法を使われるのですか!?」
「御髪もそのままでは!」
「杖も用意いたしませんと・・・」
「的のご用意も・・・」
お嬢様の突然の宣言に、使用人たちが慌てふためいている。しばらくもめた結果、修練用に着替えてくるので、それまでに考えてほしいと言われてしまった。
いやいや、考えろといわれてもな。
わざわざ着替えて戻ってきたところで、ダメですとか言えるわけがねえだろ。
「わかりやした、ソニア様。このテイラー、僭越ながらご指導させていただきやす」
「ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべ、意気揚々と着替えに向かうお嬢様。
どうなっても知らねえぞ?