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運、回ってきてねえじゃねえか

俺はテイラー。


今年でよわい40になる、自他共に認める熟練冒険者おっさんだ。


冒険者稼業をはじめて早25年。今ではすっかり熟練者ベテランなどと呼ばれている。若い頃に運良くBランクまでランクを上げることができた。以来、安全確実なクエストを選んで、どうにかここまで生き延びてきた。


同年代に冒険者になった連中は、半分が引退して残り半分は死んでしまった。この歳になっても現役の冒険者を続けている人間は、数えるほどしかいない。


実際、熟練者なんて言われちゃいるが、ロートルだとか、死に損ないだとか陰口をたたくやつもいる。


まあ、否定はしねえ。


引退した連中は、うまくやって国や貴族に雇われて生きてやがる。きっと、奴らはベッドの上で死ねるだろうさ。


だが、俺にはそういう要領の良さがねえ。だから、いまだに冒険者稼業を続けている。俺は、これ以外の生き方を知らねえんだ。


最近は、無理もきかなくなってきた。若い頃ではありえねえ判断ミスもする。


あの死にかけたゴブリン討伐のクエストは、最初から危ねえ予感があった。以前なら、絶対に受けていないだろう。だが、大人数での討伐だから安全だろうと思ったこと、そして報酬の割が良かったことに釣られて、ついつい受けてしまった。


だが、ふたを開けてみたら、ゴブリンの数は予想の3倍以上。集まった連中の半分は新人ときたものだ。これじゃ、ゴブリンにわざわざ狩られに行ったようなものだ。


集まったメンツをみた時に、引き返すべきか一瞬迷った。しかし、肩の痛みをやわらげる薬が切れかかっていたのを気にした俺は、直感に反してそのまま出発してしまった。まったく、俺も耄碌もうろくしたもんだ。


命があっただけでも、運がよかったとしか言えねえ。


どういうわけか生き延びた俺は、ゴブリン討伐の報酬金を手に入れた。討伐隊がほぼ全滅に近かったこともあり、俺は結果的に多くの取り分を得た。


喜んだのも束の間、治療師に法外な治療代を請求された。なんでも、重傷だったので高価なハイポーションを使ったんだと。


明らかに、連中が治療費を盛っていることは分かった。


だが、俺には崖から落とされてから、治療院のベッドで起き上がるまでの記憶がまるでない。何も言い返せなけりゃ、やつらの言いなりになるしかねえ。


それが、冒険者のルールってもんだ。


まったく、俺はついてねえ。


ついてねえと、思ってたんだが・・・


「まあ、あなたがあの、冒険者のテイラーさんでしたか。勇敢な冒険者さんがゴブリンを一網打尽にしたというお話は、お父様からお話をきいております」


俺は、なぜかマールブルク公爵令嬢の馬車に乗って、公爵家の屋敷へと向かっていた。向かいに座っている公爵令嬢は、仕立ての良い水色のドレスを着た金色の髪の毛の美しい少女だ。俺のような粗忽者そこつものが、馬車で同席していいような相手じゃない。


「はは、お恥ずかしい限りで、お嬢様」


「あら、わたくしのことは、ソニアとお呼びください、ね?」


透き通る碧い瞳が俺を見上げる。


「いや、そいつは流石さすがに・・・」


「そんな!命を助けていただいた方ですから、ご遠慮なさらずに」


「え、ええと、ならソニア様・・・で勘弁ねがいてえ」


「・・・うーん、仕方ありませんね。では、そうお呼びください。テイラー様!」


「へい・・・」


俺を見つめるソニア嬢のまっすぐな瞳に俺は耐え切れず、窓の外へと視線を剃らせた。


「30匹を超えるゴブリンの群れを、お一人で倒されたそうですね。そんなに凄腕の冒険者の方がわたくしたちを見つけてくださって、本当に助かりました。あれほど大きな岩の檻を魔法で作られるなんて、わたくし生まれて初めて見ましたわ!」


「面目ねえ」


ってか、俺もあんなでけえ岩の檻なんぞ、初めてみたぜ。お嬢様は俺がやったと言っているが、まるで身に覚えがない。


「討伐の際も、おしよせる魔物の群れを、片っ端から燃やして行かれたそうですね。その時の大きな火柱は、街からも見えたとお聞きしております。テイラーさんは、火魔法も土魔法もお得意なのですね」


「ま、得意というか、25年間使い続けてるからな。それなりには・・・」


「25年!本当に鍛錬の賜物なのですね。あれほどの威力の魔法は、この国で他に使える者はいないだろうと、お父様がおっしゃっておられました」


「あ、いや、それほどでも・・・」


その話は、俺もあとから聞いて知っているだけだ。なんでも、湖岸の崖が阪堺するほどの威力の火魔法を使った形跡があったとか。


崖の上に並んでいたゴブリンどもは、その全てが消し炭のようになっていたらしい。中には、ボスらしきホブゴブリンもいたはずだが、そいつも含めてすべてが灰燼と化していた。あまりにも威力が高すぎて、ゴブリンの数を正確に数えるのに苦労したと、いちゃもんにしか聞こえない苦情を言われたくらいだ。


「いったい、どんな鍛錬をなされているのですか?」


あおい瞳が、興味津々で俺を覗き込む。


どんなと言われても、本当に大したことはしてねえんだが・・・


もとより、そんな威力の魔法を俺が使ったはずがない。俺の使える火魔法の「ファイアーボルト」は、せいぜい数体のゴブリンを同時に倒せる程度の威力だ。10匹以上のゴブリンをまとめて燃やし尽くすような威力はない。


それに、ファイアーボルトは効果に対して、使う魔力が多すぎる。つまり、費用対効果が低い。効率を重視する俺にとって、よほどのことがなければ使うことはない魔法だ。


第一、あのときは魔力が尽きかけていたし、そんな魔力消費が激しい魔法を撃つ余裕などなかったはずだ。それに、仮にそいつを撃ってたとしても、俺のファイアーボルトに地形を変えるほどの威力はねえ。群れのうちの何体かを倒すのが精々だろう。


「ぜひ、そのすごい魔法を、わたくしも拝見したいものです」


「ははは、機会があれば・・・」


俺は適当にごまかす。


さあ撃ってみろ!と言われても、できる自信はまったくない。そうなる前に、さっさとずらかろう。


俺がしどろもどろの返答を続けている間に、馬車は公爵領の領都へと到着した。馬車はすんなり門を通過し、街の中へと入っていった。


いつもなら、さんざん門番に文句を言われて、場合によっては鼻薬を嗅がせたりもするんだが、そんな必要は一切なかった。門番の連中は、馬車の中を覗きすらしねえ。


これが貴族様の特権というものか。


「さあ、着きましたよ」


俺が馬車から降り立った所は、とんでもなく豪華な屋敷だった。庭だけで、前にいた街の中心街が全部入りそうなほどに広い。壁が白く塗られた屋敷は、まるで城のような大きさだ。


これほど大きな建物は、俺の短くはない人生の中でも、王城くらいしか見たことがない。それも、城下町から遠目にみるだけだ。だから、実物がどれほど大きなものなのか、まったく実感がなかった。


ずらりと居並ぶ使用人にかしづかれ、俺は豪奢な装飾で埋め尽くされた部屋へと通された。


右を見ても高級品、左を見ても高級品・・・落ち着かねえ。このおそろしく座り心地のいい椅子も、俺の人生の稼ぎ全部あわせても足りねえ値段すんじゃねえのか・・・?


使用人がやってきて、白磁のティーカップに茶を注いでくれる。目の前に山と積まれた糸とりどりの果物と、とんでもなく美味そうな匂いのする焼き菓子は、下町では死んでもお目にかかれねえ代物だ。


「やべえところにきたな・・・」


俺は身震いした。


正直、ゴブリンの巣穴のほうがまだ落ち着ける。


あまりの場違い感に、額から滲み出る汗を拭うだけで精一杯だった。


「これはこれは、テイラー殿。このたびは、ソニアを救っていただき誠にありがとうございました」


唐突にやってきたマールブルク公爵閣下は、がっちりとした体格の武人といった風態の人物だった。事前にお嬢さんから聞いた話によれば、少し前まで王国軍の軍団長をやっていたとか。魔法の腕も相当なもので、帝国軍の戦いではずいぶんと戦果をあげ、敵軍からも恐れられていたそうだ。


公爵閣下は、物腰こそは柔らかかった。しかし、その眼光には鋭さを感じた。実際、正面から戦ったら俺に勝ち目はねえだろう。ま、正面からでなければ、やりようはありそうだが・・・


ただ、そんな偉い人物でありながら、公爵閣下は俺みたいな底辺冒険者にも頭を下げて礼を言った。正直、非常に横柄な態度で対応されるのかと思っていたので、いい意味で俺は肩透かしをくらった。


「あ、いや、大したことはございやせん・・・」


これまでの人生で会った貴族は、そのほとんどがろくなもんじゃなかった。俺たち冒険者を虫ケラのように扱い、少しでも機嫌を損ねれば暴力をふるってきた。少しでも反抗すればすぐに投獄、運が悪けりゃその場でバッサリだ。


そんな経験を繰り返しすぎた俺は、貴族相手にはとにかくヘコヘコとする以外の対応方法を知らなかった。そうでなければ、ここまで生き延びてこれなかっただろう。


だが、公爵閣下はこれまで会った貴族連中とはまったく違っていた。


たっぷりと金貨をくれただけでなく、しばらく俺に屋敷に滞在してくつろいで行くように言った。


さすがにそれは緊張で俺の胃がもたない・・・いや、気がひけると遠回しに伝えると、ならばこれを渡そうと言って、装飾の施された一枚の金属の板をくれた。


「これは私の領地の街なら、どの街でも自由に出入りできる通行証だ。それに加え、街にある兵舎を自由に使うことができる。宿として有効に活用してくれたまえ」


「は・・・?」


俺は、公爵の言葉の意味が一瞬分からなかった。


手渡された金属の板をまじまじと見る。そこには確かに、立派なマールブルク公爵家の紋章が刻まれていた。


・・・とんでもねえ代物だ


俺は再び身震いした。


これさえあれば、実質的に宿代も飯代もタダ、通行税も免除ということが一生保証される。公爵領内に限られはするが、全く問題ねえ。あらゆる平民が、喉から手が出るほど欲しがる代物だ。


ハッキリ言って、金貨100枚が霞んで見える。こいつはただの薄っぺらい金属の板だが、それほどの価値を持っている。


すげえ!


苦節25年、俺にもついに運が回ってきたか!?


「それでだ。テイラーどの、その腕を見込んでひとつ頼まれてくれないか」


「へえ、何でも承りやす!!」


こんな破格の褒美を受け取って、嫌などと言えるわけがない。


「是非そなたの魔法を、部下たちに手本としてみせてやってほしいのだが、良いだろうか」


なんだと!?


「へ、へい・・・」


内心とは裏腹に、俺は反射的に頭を下げてしまう。そんな卑屈な自分が憎らしい。


・・・やべえ。


運、回ってきてねえじゃねえか!


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