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夢って匂いがするものだったっけ?

「・・・最悪!!」


ずきずきと痛む頭に手を当てながら、わたしは立ち上がった。


足元がふらつく。


「おっさん、飲み過ぎでしょ!」


げふっと、口からゲップがでる。


「くっさ!!まじ最悪なんだけど!」


おっさん、酒場でしこたまエールを流し込みながら、もつ煮込みか何か、匂いの強い料理を食べまくったらしい。げっぷも臭いが、自分自身も相当に匂う。


「ああ、もう・・・」


わたしは自分に回復魔法をかける。そして、目の前に転がってる若い男どもを見下ろした。こいつらは、酔っ払ってる冒険者おっさんに絡んで、金を巻き上げようとした連中だった。


きっと、普段のこの人なら、こんなチンピラみたいな連中に遅れをとるようなことは無いに違いない。でも、今日の冒険者おっさんはずいぶんと深酒をしていた。ゴブリン相手に見事な戦いを繰り広げた時の雄姿は見る影もなく、チンピラ連中に簡単に地面を拝まされることになってしまっていた。


あまりにひどい有様を見て憤っていたわたしは、いつのまにかまた「入れ替わって」いた。


「マジで最悪!」


気持ち悪さに耐えながらも、絡んできた連中を魔法で片っ端からぶっとばし、逆に地面に這いつくばらせた。気分的にはスカッとしたけど、動き回ってせいで酒がさらに回ってしまった。


本格的に、目の前がくらくらしてきた。


前世でも、そんなに酒に強いほうではなかったというのに・・・


「・・・ふう」


回復魔法がきいたようで、頭痛が幾分ましになってきた。


「母様が、二日酔いの父様に回復魔法をかけるところを見ていてよかった」


わたしは、奪われた金子きんすを転がってる連中から取り戻す。そして、夕闇につつまれた、すえた匂いの漂う裏路地を出ようとした。


チリーン・・・


そのとき、金属製の小さな何かが、路地の石畳の上へと落ちる音がした。


「なんだろう?」


わたしは火魔法で小さなあかりを出現させ、音が聞こえた場所を調べる。


きらりと、光を反射する物が見えた。その場所へ近づいて、丹念に調べる。


「・・・指輪?」


そこには、小さな指輪があった。銀色の金属の表面に緑色の小さな宝石が嵌め込まれている。少なからず、価値がありそうな代物だ。


「うん?」


指輪の内側に、文字が彫り込まれていることに気がついた。


「テイラーとコリン。永遠の愛をこめて」


・・・これって、ひょっとして結婚指輪?


わたしは反射的に、さきほど自分がぶっとばした連中へと目をやった。このうちの誰かのものだろうか?


だったら、返してやらないと。きっと大切なものに違いない。小悪党とはいえ、彼らの大切なものを持ち去るのは、さすがに気が引けた。


「・・・えっと、どうしたらいいんだろ?」


わたしは、指輪と地面に倒れている男たちを見比べた。


そのときだった。


「よお、テイラーじゃねえか。おめえ、生きてたのか!」


突然、背後から声をかけられた。あわてて明かりを消す。


「え、えっと・・・人違いです」


「ああ?何いってんだ。その三つのツノつき兜、どう見ても「小鬼のテイラー」だろ。おめえ、何とぼけてんだ?」


声の主が近づいてくる。声から想像するに、おそらくこの冒険者おっさんと同じくらいの年の男だ。馴れ馴れしい態度から想像するに、それなりに親しい知り合いなのだろう。


・・・っていうか


この人わたしのこと「テイラー」って呼んだ?


じゃあ、あの指輪はこの冒険者おっさんの物ってこと?


「おう、おめえ、派手にやったな。こいつら、物取りか?」


「ええ、まあ」


わたしは曖昧に答える。


「かっかっか、阿呆な連中よのう。おめえさんから金を巻き上げようとは。Bランク冒険者テイラーのことを知らんやつが、この街にいたとはな」


この冒険者おっさん、Bランクなんだ。


Bランクがどのくらいか分からないけど、この人の口ぶりからすれば弱い方ではないよね?


「しっかし、よくあのゴブリン地獄から帰ったな。生き残ったのは、おめえとアビゲイルの二人だけだと聞いたぞ。あの女も、悪運だけはつええよな」


声をかけてきた男は、そう言いながらわたしの前へと回ろうとした。慌ててわたしは口元へと手を当てる。顔をみられたらまずいと思ったからだ。


・・・くっさ!


しかし、わたしは自分の手の臭さに辟易した。酒とおっさんしゅうの融合した、えも言われぬ不愉快な匂いがしたからだ。


「よっしゃ、こいつらから金を巻き上げて、おめえの生還祝いでもやるか!」


「いや、今日は飲みすぎたから、やめときます」


「なんだ、付き合い悪いじゃねえか。いつものおめえらしくねえ・・・ってか、何だおまえ、ちょっと縮んだか?」


そう言うと、男はいきなりわたしの肩をつかんだ。


・・・ひえ!


反射的にわたしは身をひいた。


「なんだか、声も変だな」


男が首を傾げる。


「ちょっと体調が悪くて」


「ふうむ、そうか。ま、あんな目にあったんじゃあ仕方がねえ。俺たちもいい年だ。お互い、無理はしたくねえってもんだな。かっかっか!」


バシバシと背中を叩かれる。


それがあまりに力強すぎたのか、わたしは不意によろめいた。


・・・あれ?


まただ。


視界が歪む。


意識が遠のいていく。


「おい、大丈夫かよ!」


わたしは、どさっとその場に倒れ込んだ。


「おい、テイラー、テイラー!」


男の声が耳元で響いた。



わたしは目を覚ました。


あわててベッドから飛び起きる。


「また、夢?」


わたしは額の汗をぬぐった。


自室の窓から、月明かりが窓から差し込んでいるのが見える。


・・・やっぱり夢だったのかな


それにしては。やけに生々しかった。


鼻をつく、安酒と中年男性独特の匂い。思い出すだけでも不愉快だ。


「うぐっ」


わたしは思わず鼻をつまんだ。


でも、夢って匂いがするものだったっけ?


わたしは、自分の腕の匂いを嗅いでみる。石鹸に含まれていた花の香りに、小さな子供独特のなんとも言えない良い香りが混じる。それは、中年男性の匂いの対極にある香りと言ってもいい。


「ばかばかしい」


わたしは、ベッドへ倒れ込んだ。


生まれ変わったわたしは、今は六歳の少女なのだ。何が悲しくて、前世と同じアラフォーのおっさんになる夢を見なきゃいけないんだ!


正確には、おっさんになってるというより、おっさんに乗り移って美少女になってる気はする。でも、依代よりしろ中年男性おっさんってのはどうなのよ。


せめて、美少女に乗り移るフュージョンする夢にしてほしい。


それに、六歳の子供に酩酊状態を味合わせるなんて、非道にもほどがある。前世の世界だったら、即刻逮捕だよ逮捕!


「うえ・・・」


思い出したらまた気持ち悪くなってきた。久々の酒酔いの感覚。あれが心地よいと思えるなんて、大人はどうかしている。


・・・ま、どうかしてないと、やっていけない辛さもあったんだけど。


わたしは、毛布を頭までかぶった。


「テイラーって呼ばれていたっけ」


名前まで出てくるとは、夢にしては妙にリアルすぎない?


それにあの指輪。女の人らしき名前が刻まれていた。


「あの人、結婚してたんだ」


銀色の指輪に刻まれた文字が、わたしの脳裏に残っている。


ちなみに、前世のわたしは独身だった。


女性と縁がなかったわけじゃない。若い頃には、結婚したいと思う相手がいたこともある。でも結局、一緒になることはなかった。


自分も相手も非正規雇用で、数年おきに仕事を変えていた。職場が変わるたびに通勤先も変わり、引越しすることを余儀なくされたこともあった。長距離通勤で、早朝出社、終電帰宅ということも日常茶飯事だった。会社に泊まり込み、何日も帰れなかったこともあった。


さらに、彼女は医療関係者だったこともあり、勤務時間も変則的だった。同じ家に住みながら、1週間続けて相手の寝顔をみることしかないという生活が続いたこともある。


すれ違いが続いた結果、いつしか心も離れていった。そうして気がついた時には、三十半ばでひとりになっていた。


それ以来、女性とは距離を置くようになった。業務で必要な時に、最小限の会話をするだけだった。もはや二度と自分の人生に、女性が関わることなどないと思っていた。


・・・でも


あの冒険者おっさんは結婚していたんだ。


だったら、どこかに家があるのだろうか?


そして、彼が帰るのを待っている人がいるんだろうか?


それは、羨ましくもあった。しかし、妙に嬉しくもあった。孤独の辛さは、わたしにもよくわかる。一人として悲しむ人を残すことなく、この世界に転生したわたしには。


ただ、彼が結婚していることを祝福できるのも、今のわたしが六歳の子供で、何不自由ない生活をしているからだ。もし、前世の生活を送っている時に同じ場面を目にしたとしたら、きっとわたしは妬みの感情だけを抱いたに違いない。


SNSで幸せアピールする有名人に、怨嗟の声を投げかけるかのように。


「やめやめ!」


わたしはぎゅっと目を閉じた。


前世のことは忘れよう。今のわたしは、六歳の少女なのだ。魔法は使えないけど、人生の先はまだまだ長い。チャンスはいくらでもある。


あらゆる手をつくして呪いを解除し、異世界チート生活を楽しんでやるんだから!


冒険者おっさんのことは忘れよう。相方パートナーの人と、末長くよろしくやってほしい。


わたしはそんなことを考えながら、再び眠りについた。


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