呪いって何なのよ!!
それから一週間後のこと。
わたしは、両親がいる部屋にいた。
魔法が使えないという話を聞いて以降、魂が抜けて生ける屍のようになっていたわたしを、姉様が心配して両親に相談したらしい。
「これに触れてみなさい」
父様はわたしに、部屋の中央に置かれている鏡のような道具に触れるように言った。それは、見た目は鏡台のような見かけをしていて、わたしの背丈ほどある立て板に透明な板がはめ込まれている。
しかしその透明な板の部分は鏡ではなかった。透明な板の表面に、自分の姿が映ることはない。何とも不思議な道具だ。
わたしは言われるがままに、その道具の表面に触れる。
「え?」
突然、その道具が淡い緑色に光り始めた。わたしは驚いて手をひっこめる。
「ああ」
その直後、母様の表情が曇ったのが分かった。父様も難しい顔をしている。
いったい何が?
わたしはその道具を覗き込む。
すると、先ほどまではなかった、数字と文字が透明な板の表面に浮かび上がっていることに気が付いた。
「火魔法レベル、ゼロ。水魔法レベル、ゼロ、風魔法レベル、ゼロ・・・最大魔力、ゼロ!?」
どういうこと!?
え、これってまさか・・・
まさか、わたしの魔法の能力の鑑定結果!?
「おまえ、まさか・・・!」
「タヴィア、あなた、文字が読めるの!?」
父と母が同時に驚きの声を上げ、わたしを見る。
でも、今はそんなことを気にしている余裕なんてなかった。
・・・魔力ゼロってどういうこと!
それだけじゃない、他のパラメータっぽいものも、軒並みゼロだった。
全部のパラメータがゼロってことは、つまり・・・
「う・・・うわあああ!!!」
わたしはたまらず泣きだした。
「ああ、タヴィア。あなた、分かっているのね、なんて賢い子なのでしょう」
母様が駆け寄って私を抱きしめる。
「理解しているのなら、これ以上、引き伸ばしても無駄だな。タヴィア」
父様が意を決したように立ち上がった。
「残念だが、おまえは魔法が使えないんだ」
「わああああ!!!」
何かしゃべろうと思っても、絶望が怒涛のように押し寄せてきて、わたしの心を散々にかき乱す。そのときのわたしは、ただ泣くことしかできなかった。
それから、父様が「おまえは賢い子だ。きっといい学者になれる」「剣の腕を磨く道や、職人の道もある」とか続けて話していたようだけど、わたしの耳にほとんど入ってこなかった。
ただ、そのときの父様のすまなそうな表情は、わたしの心に深く刻まれた。
「・・・」
母様に抱きしめられたままひとしきり泣き続けると、少しだけ気分が落ち着いてきた。
わたしは改めて、表示されている文字を見る。
・・・見間違いじゃない
やっぱり、すべての魔法のパラメータがゼロだった。
ダメなんだ・・・
わたしは、再びがっくりと肩を落とした。
転生して、魔法のある世界へきたというのに、魔法が使えないなんて。
可愛い女の子になって、嬉し恥ずかしの魔法ライフを堪能する野望が・・・
「・・・?」
そのときわたしは、表示されている文字の下に、小さい三角形の記号が点滅していることに気が付いた。
なんだろう?
まだ表示が下に続いている雰囲気があるけど・・・
わたしは何気なくその三角形に指で触れる。
その途端、道具の表面に表示されている数値が変化した。
「・・・え!?」
表示された数値を見て、わたしの目は皿のようになった。
火魔法レベル10-呪い99=ゼロ、水魔法レベル10-呪い99=ゼロ、風魔法レベル1-呪い99=ゼロ・・・最大魔力1000ー呪い9999=ゼロ
「ええええ!?」
「どうしたの、タヴィア?」
「お、お母様、これ・・・」
わたしが表示されている数値を指さす。
「なにかしら。おかしなところがあるの?」
母様が画面をじっと見る。その様子を見てか、父様も近寄って文字を見た。
「うん?さっきと何も変わってないぞ。タヴィア、どうかしたのか?」
「変わらない?」
わたしは表示されている文字を見直した。
やはり、さっきとは違って「呪い」という表記が追加されている。少なくとも、私にはそう見える。
「母様、呪いって何?」
心に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「・・・呪い?どうして急にそんなことを?」
「ここに、呪いって」
わたしは道具の表面に書かれた「呪い」という文字を指さす。
「・・・何もないわよね。あなた、分かります?」
「うん、なんだ?」
父様もやってきて、わたしの指差す先を見る。だが、ひとしきり見つめた後で首をひねった。
「うーん、ただ魔法レベルゼロと書いてあるように見えるのだが」
どういうこと?
わたしにだけ見えて、二人には見えていないってこと?
すると、母様と父様が呪いについて説明してくれた。
「呪いは、人に悪い効果を起こす魔法のことよ。人を病気にしたり、ステータスを下げたり、怪我をしやすくするのよ。とても悪い魔法だから、この国では使用が禁止されているの」
・・・ステータスを下げる?
「そうだな、だが呪いの一番恐ろしいところは、かけられた呪いの効果を他の人に話すと、その人に呪いが伝染することだ。だから、使い方によっては街や国を滅ぼすことすらできる」
・・・伝染?
「まさか、あなた呪いが・・・?」
母様がわたしを覗き込む。
「ちがう、ちかうの!!」
慌ててわたしは両手を大きく振った。
そうか、だから呪いのことはわたしにしか見えないんだ。もし二人に説明してしまったら。この二人にも呪いがうつってしまう。
そうなったら、二人とも魔法がつかえないことに・・・?
・・・大変だ!
なんとか誤魔化さないと!!
「勘違いなの。この闇魔法ってところが、呪い魔法に見えたの。ごめんなさい!」
そうして、わたしは申し訳なさそうに二人を見上げた。
唖然としている両親の顔が見える。
・・・わかってる。
自分でも苦しい言い訳だと、分かっていますとも。
でも、今のわたしは三歳児。
三歳児なら、これでもいけるはず!
・・・ですよね?
「たしかに、呪いは闇属性の魔法ではある。それに、古代では闇魔法といえば呪いのことだった。タヴィアのことだ、どこかでそんな話を効いたんじゃないか?」
「そ、そう、そんなかんじ!」
ナイス、父様のフォロー!
「そうだったの、タヴィア。あなたは本当に、人の話をよく覚えているわね」
母様も、うんうんと頷いている。
・・・ふう
わたしは胸をなでおろした。とりあえずこの場は何とかなったようだ。
その後しばらく、両親はわたしが魔法を使えないことについて説明してくれた。魔法のレベルとかが表示されていた道具は、触れた者の魔法の能力を鑑定する魔道具なのだそうだ。
魔法には火、水、風、土、光、闇の六つの属性と、無属性魔法というのがある。それぞれの属性によって使える魔法が違うそうな。
例えば、火属性魔法であれば火の玉を出して攻撃する「ファイアボルト」、火の壁をだす「ファイアウォール」、物を加熱する「ホット」などの魔法がある。
水魔法には、水を出す「ウォータ」や勢いよく水を出して攻撃する「ジェットウォーター」、氷を出す「アイス」、氷の刃を飛ばす「アイスエッジ」などがある。この世界の水属性の魔法は、氷関連の魔法を含んでいるそうだ。
魔法は属性ごとにレベルがあり、このレベルが0になっていると、その属性の魔法は使えない。そして、レベル0から1に上げることはできないそうなので、レベルが0の時点でその属性の魔法は一生使えないことが確定する。
ただし、仮に全部の属性魔法のレベルが0でも、無属性魔法は使える。無属性魔法にはレベルがなく、魔力の多さに応じて使える魔法の種類が変わるのだそうだ。
一方、魔力は魔法を使うために必要なもので、これの最大値が0だと魔法そのものが使えない。魔力の最大値は、魔法を使うことで上がっていくものなので、最大値が0の場合、それを1以上にする方法がない。
わたしの場合、すべての属性魔法のレベルが0なので、属性魔法を使える望みはないということになる。それでも、まだ無属性魔法が使える可能性はあった。しかし、最大魔力も0では、その無属性魔法すら使えない。
結局、わたしはいかなる魔法も使えないし、将来に魔法が使える可能性もないということになる。
「はあ」
わたしはため息をついた。
聞けば聞くほど、絶望しかない。
ないのだけど・・・
でも、ちょっとだけ希望がある。それは「呪い」という表記の部分だ。
「呪い」さえ無ければ、わたしの属性魔法のレベルはどれも10になる。そして、最大魔力も1000になる。
両親の説明を聞く限り、呪いを解きさえすれば、わたしは全部の属性を使えるようになるはずだ。
「魔法は六つの属性がありますが、全部を使える人はほとんどいないのですよ、タヴィア。わたしは光魔法と風魔法、水魔法の三つが使えます」
「私は光魔法と闇魔法以外は使えるぞ。四属性使えるのは、この国でも私と魔導士団長くらいなもんだぞ、魔力だって1000を超えるのは私と母さん・・・」
妙に自慢げな父を母がこづく。母が父の耳元で「この子は魔法が使えないのですから自重しなさい」と言ったのが聞こえた。
父が慌てて口をつぐむのを見て、わたしは思わず笑ってしまった。
・・・そうか
父様でも全部の属性は使えなくて、、魔力の最大値も1000くらいなんだ。
ということは、わたしの呪いが解けたら、六属性全部が使えて魔力の最大値も最初から1000という、破格の魔法使いが爆誕するってことだよね。子供の時点でそれってことは、大人になるまでに成長すれば、それこそチートレベルの大魔法使いに・・・
やっぱり、転生者ボーナスはあったんだ!
・・・ああ、よかった、
わたしは安堵した。
まさかの初期特典ゼロかと思いましたよ。
運営の手違いじゃなかったんだ。
・・・いや、よくない!
全然よくないっ!!
呪いって何なのよ!!
誰なの、わたしに呪いとか付けた阿呆は?
眠り姫じゃあるまいし、わたしの誕生日にどっからか魔女がやってきて、呪いでもかけたとでも言うの?
でも、父様も母様も何も知らなかった。そんな派手なイベントが発生していれば、この二人が気が付かないはずがない。彼らは単純に、わたしは全ての魔法のステータスがゼロで、魔法が使えないと思っているだけだ。
生まれた後の、誰も見ていない隙に呪いをかけられたか、あるいは生まれる前にかけられたか・・・
今は何もわからない。
ただ、わたしの生きる目標は定まった。
「呪いを解く」
そして、チート魔法使いになって異世界無双ライフを堪能する。
これだ。
これしかない!
よし、やるぞ。
やってやるーーーーーっ!!!