わたし、魔法使えないの!?
「ここはどこ?」
目が覚めたときに視界に入ったのは、見覚えのない天井だった。
起き上がって周囲を見回す。
広い部屋に上等な家具が並ぶ。どれも西洋のアンティーク家具のようだ。やけに広いベッドには、清潔な白いシーツが敷かれている。
「おかしいな?」
記憶によれば、昨日は居酒屋でしこたま飲んでたはず。閉店時間になって、強制的に追い出されたところまでは何となく覚えている。
半年勤めた派遣先を雇い止めになり、ヤケクソになって飲んでいたのだ。
「延長になりますから、この調子で頑張ってください」
先月末、派遣先の人事担当にそういわれたところだった。
今年は記念すべき四十回目の誕生日を迎え、仕事を変えるのも若いころに比べて辛くなってきた。だから、できるだけ長く勤められる仕事を選んだつもりだった。
「大丈夫です。よほどのことがなければ、三年は働いていただけます」
そう聞いていたからこそ、この仕事を選んだというのに。
ところが、今日になっていきなり人事担当から呼び出された。
「本日で契約は終了となります。延長はございません。お疲れさまでした」
人事担当から告げられた言葉を聞いても、何を言われているのか理解できなかった。
「そんな、あんまりです!」
もちろん、猛抗議した。
しかし、人事担当者の対応は冷たいものだった。「契約期間が終了したので明日から来ないで下さい」の一点張りだ。
あまりにも信じられない対応に、目の前が真っ暗になった。
すぐにネットを検索して対応策を探った。でも、途中で気力が尽きてしまった。10年前ならもっと粘ったに違いない。しかし、年を取ったせいだろうか。もはや、そんな気力すら湧き上がらない。
「バカバカしい」
全てが嫌になった。
逃げるように会社を出ると、通り沿いにあった居酒屋へと入った。そうして閉店まで飲み続けた挙句、半ば放り出されるように店から追い出されたのだった。
で、その後の記憶がない。
ふらふらと夜道を歩いた記憶があるような、ないような・・・
っていうか、ここはどこなんだ?
はじめは、病院にでも担ぎ込まれたのかと思った。でも、病室にしては部屋の家具が上等すぎる。
ひょっとして、VIP用の個室に運ばれたのだろうか。だとすれば、ものすごい費用を請求されるのでは・・・?
「逃げないと!」
ベッドから降りようとする。
「・・・あれ?」
そのときに気が付いた。
ベッドがやけに高い。
いや、ベッドが高いんじゃない。
「足が短い?」
慌てて両手を見る。
「これは!?」
目に入ったのは、まるで紅葉のように小さい手だった。40歳のおっさんとは思えない、ふにふにの柔らかそうな手だ。
「あ!」
バランスを崩してベッドから落ちる。
ゴチン!
いてっ!
「う・・うわああああっ!」
え、あれ?
自分の意思に反して、勝手に涙と叫び声が出る。泣くのは恥ずかしいと思う意識がありながらも、泣くのを自分で止めることができない。
これじゃ、まるで幼児じゃないか・・・
「お嬢様、大丈夫ですか!」
いきなりドアが開いて、メイド服の若い女性が入って来た。金色の長い髪の毛を綺麗に結い上げた綺麗なおねえさんだった。
しかし、彼女を見上げた瞬間、反射的に思ってしまったのだ。
・・・でかい!
背丈が自分の倍はある。どんだけ巨人なんだ。
「うわあああああっ!!!」
怖いと思ったのがいけなかったのか。自分の泣き声がさらにヒートアップした。
「お嬢様!!」
巨人に抱え上げられる。
そのときだった。
窓ガラスに、メイド服のお姉さんに抱えられた自分の姿が見えた。
そこには、草色の髪の毛の可愛らしい女の子が・・・大きな口をあけて泣きじゃくる幼児の姿があった。
・・・俺、幼女になってる!?!?
◆
40歳のおっさんだったはずの俺は・・・いや、わたしは、剣と魔法のファンタジー世界の女の子に転生したようだ。
名前は「オクタヴィア」という。家族や使用人は、わたしのことを「タヴィア」という愛称で呼んだ。
今の年齢は三歳くらいだろうか。
父も母も魔法使いで、魔導王国「エルデンランド」の貴族だそうだが、詳しいことは分からない。ただ、家はかなりの豪邸だった。それに、やってくる人たちはみんな両親に頭を下げる。多分、両親はそこそこ偉い人なのだろう。
二人ともどこかで働いているらしく、昼間は家にいることがほとんどない。子供たちの世話は、もっぱら屋敷にいる使用人たちに任されていた。
ちなみに父は栗色の髪、母は草色の髪をしている。
草色の髪をしたわたしは母親似らしい。
兄弟は兄が二人、姉が一人いる。つまり、わたしは末っ子だ。一番上の兄はすでに成人して家を出ており、どこかで働いているそうだ。半年に一回ほどしか家に戻ってこない。
下の兄と姉は、この屋敷に住んでいる。
「タヴィアちゃん、一緒に本をよもう!」
姉のフィアナは四つ年上だ。妹大好きっ子で、ひたすらわたしに絡んでくる。栗色のふわふわとした髪の毛が可愛らしい、とても活発な少女だった。
姉は・・・いや、姉様は「タヴィアちゃんの世話は私が全部する!」と言わんばかりの勢いで、何をするにも彼女がついて来た。一人にさせてもらえるのは、彼女が家庭教師の授業を受けているときと、寝ているときくらいなものだ。
この姉の猛烈なおせっかいっぷりは、前世だったら少々うざいと思ったかもしれない。でも、子供になったことで精神がその影響を受けているのだろうか。それとも、前世で長年にわたる孤独を味わった反動だろうか。甲斐甲斐しく世話をしてくれる姉様のことを、わたしも大好きになっていた。
「フィアナ様、魔法の練習の時間です」
「はーい。ごめんねタヴィアちゃん。ちょっと一人で遊んでいてね?」
「はい、姉様!」
わたしが答えると、姉様はにこりと笑って、使用人と一緒に部屋から出て行った。
魔法・・・魔法かあ。
異世界といえば魔法だよね。
そして、転生といえばやっぱりチート能力!
きっと、わたしはものすごい魔法の力を持っているに違いない。
両親も優秀な魔法使いらしいし、能力の最低保証はされているはず。
となれば、使ってみたいよね、魔法!
・・・と、意気込んだのも束の間、わたしは残念な事実を知る。
この国での魔法の教育は、6歳からなのだそうだ。幼いうちは魔力が少なくて、ろくに訓練できないからって理由だそうだ。3歳のわたしには、魔法はまだ早いといわれてしまった。
ならば、せめて姉様の授業を見たいと言ったら、危ないから授業を見に来ちゃダメだそうだ。
「そんな殺生な!」
・・・やっぱり我慢できない。
わたしは、こっそり授業をのぞくことにした。
「ファイアーボルト!」
庭の一角にある訓練場で、姉様が火魔法を使っている。盛大な掛け声に反して、彼女の出した火の大きさはマッチほどのサイズだ。
「ファイアーボルト!」
・・・おお!
その隣りで同じ魔法を使っている少年が、バスケットボールほどの大きさの火の玉を出した。それを前方に発射すると、石壁際に並べられた木のマトに命中する。
ずどーん!
派手な音をたてて的が破壊された。
「お見事です、エドワード様」
「いえ、まだまだです」
謙虚なセリフを呟きながら、肩についたほこりを落とす小柄な少年は、わたしの兄「エドワード」だ。兄様も姉様と同じく、父親譲りの栗色の髪の毛を持っている。
年は、たしか今年で12歳。魔法学校への入学が決まっているそうだ。
エドワード兄様とわたしとは年が離れていることもあり、屋敷でもあまり接点がない。一緒になるのは、朝食と夕食のときくらいだ。その時も、わたしはもっぱら姉様に独占されていることもあり、兄様に声をかけられることはほとんどない。
ただ、たまに聞こえてくる兄様と父や母との会話を聞く限りでは、兄様は魔法使いとして将来を期待されているようだ。
「ファイアーボルト!」
ずどーん!
炎が的に命中し、あとかたもなく砕け散る。
「すごいなー!」
木陰から授業の様子を見て、わたしは兄様が使う魔法に感心した。
「ふぬぬぬ!!」
姉様も頑張っているようだが、こっちはまだまだだ。小さな炎がゆっくりと飛んではいくものの、火は途中で消えてしまう。
「ああ、消えちゃった・・・」
肩を落とす姉様。
「お嬢様、大丈夫です。そのお年で、火を出せるだけでも大したものです。練習を重ねれば、きっと素晴らしい魔法使いになりますよ」
「そ、そうなの?」
「はい、ですから鍛錬を怠らないように」
「わかった!」
姉様はすぐに立ち直って、魔法の練習を再開した。あいかわらず、小さな炎しか出てはいないけど、あれだけ熱心に練習すれば上達も速いだろう。
わたしは、そんな二人の姿を見て、ワクワクが止まらなかった。
いいなー、魔法!
早く使ってみたい!
って、実はわたし、魔法使えるんじゃないかな?
ほら、よくあるじゃない。転生者の魔法能力がチートレベルで、幼児でも魔法が使える、みたいな?
ちょっと、試してみよっかな・・・?
「えーと、こうやって」
私は姉様と兄様の様子を見ながら、見よう見まねで腕を前に出す。
「ファ・・・」
大声を出そうとして、わたしは慌てて腕をひっこめる。
・・・いけない、いけない!
手加減しないと、チートな魔法能力で屋敷ごと吹き飛ばすとか、転生者あるあるよね。ここは慎重にいかないと・・・
わたしは、気を取り直して腕を再び腕を突き出す。
とりあえず、小さい声で言えば手加減できるかな?
「ファイアーボルト」
・・・あれ?
何も起きない。
声が小さすぎたか。
「ファイアーボルト!」
何も起きない。
「ファイアーボルト!!!!」
何も起きない。
「ファイアアアアアアアアアアアアヴォルトォォォォォォォォッッッッ!!!!!!!!」
「お嬢様、何をされているんですか!?」
あまりに大声をだしたせいで、使用人に見つかってしまった。わたしは速やかに回収され、お説教を受ける羽目になった。
「魔法、使えなかったなあ」
姉様たちがやっている通りにやったつもりなんだけど、火魔法を使うことはできなかった。傍目に見た感じでは、ただ腕を突き出して「ファイアーボルト」と言うだけで魔法を使えていた。
難しい呪文の文句を唱えるみたいなこともなかったし、杖とか本とかを使うわけでもない。あれなら、わたしでもできると思ったのに。
魔力を集中させるとか、別の訓練がいるのかなあ・・・
「・・・タヴィアが魔法を?」
「フィオナ様の授業を見ておられたんです」
おや?
扉の向こうで、母様と使用人の話し声が聞こえてくる。わたしのことを話している?
「そうですか。あの子が、もう魔法に興味を・・・」
「火魔法を真似されていたようなのですが」
「まさか、魔法を使ったのですか?」
その母の声には、やや驚いた様子が感じられた。
「いえ、魔法は発動してはいませんでした。魔法が暴発してはと、わたくしどもも心配したのですが」
「・・・やはりそうですか」
「奥様・・・タヴィア様は・・・」
二人の話し声が、妙に深刻に聞こえる。そんなにわたしが魔法を使おうとしたことが、ショックだったのだろうか。
「分かっています。あの子には、いつか言わねばと思っているのです。ですが、まだ先のことだと思っていました。魔法に興味を持ったのでしたら、その時期を早めることを考えなければなりません」
え、どういうこと?
わたしって、普通じゃないの?
やっぱり、転生者だからチート的な能力があるとか・・・
しかし、それに続いた母のセリフは私の予想を大きく裏切ったものだった。
「あの子が魔法を使えないことを、伝える時期について・・・」
・・・え?
えええ?
えええええええええええええええええええっっっっっっっっっっ!?!?
わたし、魔法使えないの!?!?