99 残り52日 魔王、ナンパされる
魔王ハルヒは、あえて豪華ホテルでは食事をとらず、市の大衆食堂で焼き魚を摘んでいた。
メニュー表が読めないため刺身を直接頼んだが、生魚は提供していないのだと教えられた。ハルヒとしても、見た目が以前の世界と全く違う魚の刺身に挑戦する気力はなかった。
酒もあった。若くして結婚したといっても、ハルヒは成人している。安酒を傾けた。
「……なんか……懐かしい」
「熱っ……どうして、せっかくの草をこんなにしちまうんだ」
コーデは、テーブルの上で備え付けの根菜相手に苦戦していた。
食事の相手はもう一人いた。ハルヒの前に、何種類かの眼鏡が並んでいた。
「ドワーフども、ようやく完成させたようです」
ハルヒにメガネを差し出したのは、吸血鬼の王子だ。体が小さいので子どもに見えるが、強い魔力を持つ最上級の吸血鬼である。
「ああ……ようやくできたのね。これで、サキエルもゴブリンと人間の見分けができるでしょう。いくつもあるのは、度が違うの?」
「ヤモリから受け取ったので詳細はわかりませんが……ドワーフたちがそんなことを言っていたと、ヤモリから聞いたかもしれません」
ハルヒは、並んだ眼鏡をいくつか翳した。たしかにレンズがはまっており、度が違うようだ。
「ご苦労様、サキエルには私から渡しておくわ。その方が、サキエルも喜びそうだしね」
「魔王様に懐いておりますしな」
「私はあれの恩人だもの。一応ね」
言いながら、ハルヒは眼鏡を懐に入れた。
酒を煽る。時刻は夜である。夜でなければ、吸血鬼の王子は外に出歩けない。ヤモリたちが眼鏡を持ってくるまで、吸血鬼の王子は地下帝国のゴミ捨て場で、海ドブネズミたちと待っていたのだ。
「私はそろそろ帰るわ。魔王が酔いつぶれたら、格好悪いものね」
「そうですか? 魔王様が酔いつぶれるなんて、平和な証拠ではないですか」
「それは嫌味? 魔王が世界を平和にするの?」
「そりゃいいや」
コーデが膝を叩いて笑った。そのコーデを片手で持ち上げ、ハルヒは席を立った。支払いに金貨を放り、店を出る。
その時だった。ハルヒは背後から口を塞がれ、羽交い締めにされた。
「おい、ねーちゃん。随分金回りがいいらしいじゃねーか」
「俺たちにも、分けてくれよ」
「おねーちゃんにも、いい目見さしてやるからさ」
「ほれっ。こんなところを見られると面倒だ。早く連れて行け」
ハルヒの前には、人間の男たちが下卑た顔でハルヒの全身を眺め回していた。
ハルヒに抱きついた男は、ハルヒをさらおうとでもしているのだろう。体を密着させて力を入れている。
ハルヒは、自分の口にあてがわれた男の手を、マスクでも外すかのような手軽さで外した。
「あらっ……光栄ね。私でも、誘ってもらえるの?」
「おい。早くつけて行け」
目の前の男が、ハルヒの様子に焦りを見せる。ハルヒは当然、びくともしない。
「目的はお金? それとも、私?」
「金だ。もちろんあんたも……」
「残念。おしまいね」
ハルヒは見ていた。ハルヒが止まっていた高級宿の屋根が吹き飛び、巨大な石柱が空に向けてそそり立ったのを。
離れているから音は聞こえなかった。
だが、天にも届くかと思われた巨石が、ハルヒと男たちのいる場所めがけて倒れてきたのだ。
「おしまい? なんのことだ?」
「せめて、私が目的だと言っていれば、逃げろって言ってあげたのに」
ハルヒは両手を高々と掲げた。その手に、巨大化した神殺しの剣がのしかかる。
ハルヒの両足が地面にめり込み、ハルヒの両腕が曲がる。
だが、ハルヒは頭上で受け止めた。
男たちは、ハルヒより背が高かった。
全員、首の骨を折られて絶命した。
「私が手放して……丸一日かしら。もとのサイズに戻るのね……刻んだ魔法陣も消えているし……巨大化する条件を検証する必要があるわね」
ハルヒの手に神殺しの剣が収まり、ほぼ同時に、ハルヒは軽量化の魔法陣を複数同時に刻みつけた。




