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98 残り52日 勇者、忌むべき者たちに挑む

 勇者アキヒコが王都に入ると、昼間だというのに全ての家の窓も扉も閉ざされ、町全体に黒い霞がかかったようだった。


「……ペコ、ギンタ、まっすぐ王城に向かう。何がいるのか、わかるか?」

「少なくとも、魂啜りと呼ばれる恐怖をもてあそぶ魔物と、死の騎士デュラハンはいるわ。どっちも壁をすり抜けるから気をつけて」

「剣で倒せるのか?」


 アキヒコは走り出していた。魔物の姿を見つければ戦おうとするかもしれない。だが、いまのところ町が霧で覆われているというだけだ。


「無理ね。雷鳴の剣ならダメージは与えられるかもしれないけど……倒せはしないわ。聖剣なら、あるいは倒せたかもね。退けるには魔術を使うほうがいいでしょう……ちょっと、見ていて」


 王城の手前で、吊り橋が降りている。相手は道を歩かない。吊り橋をあげていても意味がないのだ。

 門のそばに、ふわふわと浮き上がる黒い影がいた。


「作られし肉体に宿る生命の源を刃に変える。エナジーブレード」


 ペコが構えた杖を振り下ろす。

 杖から白い光が伸び、振り下ろした動作に合わせて魂啜りと呼ばれる魔物の体を縦に割った。

 奇妙な声を発し、黒い影が逃げて行く。


「アキヒコ、行きましょう」

「いまの魔術で倒せないのか?」

「物理的な痛みを感じることがない魔物だから、びっくりして逃げるけど、本当にダメージを受けているのかどうかはわからないわ。実験する時間はないでしょ。だって……」


 魔術師ペコは王城を見上げた。

 町の中とは比較にならない。それほど、黒い霞の密度が濃い。


「一体や二体じゃないんじゃろうな……わしがいても、役に立たんのじゃないか?」

「さっきのにまぎれて、実体のある大型の魔物がいるかもしれない。ギンタはいた方がいい。それはとにかく……どれぐらいの数がいると思う?」


 ギンタを慰めながら、アキヒコは魔術師ペコに尋ねた。


「こんなことはありえないのよ。人間に恐怖させることを喜びとしているような魔物が、協力し合うことなんて……言っても仕方ないわね。さっきの魔物でいえば、100体はいると思っていいでしょうね」

「まず、王と姫の安全を確認しよう」

「了解」


 魔術師ペコが諦めたように返事をする。アキヒコは降ろされたままの吊り橋に向かって走り出した。


 ※


 王城の内部に入ると、体が浮き上がった。何かに捕まったのだ。

 アキヒコの天地が逆転する。

 魔術師ペコとギンタも同じように絡め取られている。


「……まさか、クモコか?」

「いいえ。ギンタ、残念だけど違うわ」


 糸に絡め取られたのだ。アキヒコは、ギンタと同様に別れたばかりのクモコを思い出す。

 だが、違った。3人が捕まった糸が揺れる。罠を張った主が近づいてくる。

 アキヒコは、女の顔に蜘蛛の体を持った魔物が、舌なめずりしながら近づいてくるのを見ていた。


「エナジーブレード」


 アキヒコの手から光の刃が伸び、女の顔をした巨大蜘蛛がむずがった。


「アキヒコ、女郎蜘蛛は実態があるわ。火を使って」

「チャッカマン」


 アキヒコの生み出した巨大な火に、女郎蜘蛛の乗っていた蜘蛛の糸が焼き切れる。地面に降りた。


「炎よ固まれ。触れてはじけよ。ファイヤーボール」


 ペコの杖から、小さな炎の球が飛び出す。女郎蜘蛛は餌だと思ったのか、小さな炎に食いつき、飲み込んだ。

 女郎蜘蛛の腹のなかで爆発が生じ、ひっくり返った。


「さっきのはなんだ? 僕は知らないぞ」


 体に張り付いた糸を燃やしながら、アキヒコが尋ねた。


「戦闘系の魔術よ。生活魔術より、殺傷能力は高いわ。今までにも使っているでしょ」

「そんなのがあるなら、教えてくれ」

「私が、どれだけ習得に苦労したと思うのよ。一度見ただけで使えちゃうアキヒコに、丁寧に教えるはずがないでしょう」


 すでに何度かしたやりとりだが、アキヒコにペコの知識があったらと、この場でこそ思わずにはいられない。


「喧嘩しとる場合か。行くぞい」


 ギンタがハンマーを担いで走り出した。勇者アキヒコとペコは、忌むべき者たちが支配する王城への潜入を果たした。

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