97 残り53日 魔王、港町を堪能する
魔王ハルヒは宿屋に泊まり、運び込まれた衣服を体に当て、水を張っていないミスリル銀の水盆に写していた。
「宿代……10日分まで食事込みで先払いして、これだけ服をただでくれたんだろ? しかも、もらった金貨100枚とは別に。じゃあ……この金貨は、どうするんだい?」
ハルヒと同行が許された唯一の魔物であるドレス兎のコーデが、宿のテーブルに置かれた金貨の山を足でタップした。
ハルヒも知らず、コーデには知識もなかったが、ハルヒが通されたのは、港町ラーファで最も高い宿の特別客室、つまりスイートルームだった。
港町ラーファは王都よりはるかに発展している。民間の宿泊所としては、王国で一番豪華な場所なのだ。
「好きに使えってことでしょ? もらわなくても、お金は持っているけどね。カバデールで商業ギルドから巻き上げたし……どっちみち、大して使い道はないけどね」
ハルヒは着ていく服を決め、着替え始めた。兎相手に恥ずかしがることもない。
「おお……光っている……」
コーデが金貨の輝きに目を細めた。
「まっ、金貨だからね。そりゃ光るでしょ。行くわよ」
ハルヒは金貨の入った袋とコーデを抱え、神殺しの剣を部屋に置いて外に出た。
「行くって……どこに?」
「港町よ。市場に決まっているじゃない」
「美味しい草があるといいな」
「そうね……草があるか知らないけどね」
ハルヒは言いながら、高級ホテルの特別客室を後にした。
※
港町ラーファの市場は毎日開かれるらしい。
潮の匂いに誘われて漁港に向かうと、町角に看板が立ち、人々が群がっていた。
ハルヒは看板を覗き込むが、残念ながら文字が読めなかった。
「……あんた、読める?」
「ああ、もちろんだ。おねーさん読めないのかい?」
ハルヒは肩に乗せたコーデに話しかけたつもりだったが、ハルヒが兎に尋ねたとは思わなかったのだろう。
背後にいた男が答えた。当然ながら、コーデは文字など知らなかった。
「ええ……学がなくてね」
ハルヒが笑うと、まだ若い男は簡単に説明してくれた。
「『獣人、ドワーフ、エルフの奴隷を禁じる』って、領主様のお達しが出ているのさ。全て解放して、ゴミ処理場に放り込めって……酷いことするよな。奴隷でしか使えない連中だけど……それすらも許さないで生き埋めにするのかな……」
「ふうん。ゴブリンとかオークのことは?」
ハルヒが尋ねると、男は笑った。
「ははっ。おねーちゃんは面白いな。いくら人手不足でも、ゴブリンやオークを使う奴はいないよ。臭いし、頭も悪いしね。おねーちゃん、どこから来たんだい? 外国の人かい?」
「まあね。そんなところ。教えてくれて助かったわ。これは、お礼」
ハルヒは懐から金貨を放った。ハルヒは小銭を持っていない。だから、それしかないのだ。
「えっ? ちょ、ちょっと……ありがたいけど、これじゃ多いよ」
「いいのよ。ちょっとした施しだと思って」
ハルヒは、ラーファの領主が自分の命令を実行したと確認し、すでに買い物客が集まっている市に向かった。
※
魚を扱う店が多い。
ハルヒは、前世で知っている魚より、どの魚も大型で凶悪な人相をしていることを喜んだ。
「どんな味がするのかしらね」
「海の魔物はでかいって噂だぜ」
コーデが、魚の死体に怯えてハルヒに抱きつく。
「面白いわね。この国に飽きたら、海に出てもいいわね」
「えっ? おいら、泳げないぜ」
「あらっ……なら、仕方ないわね」
「よかった」
「特訓ね」
コーデが引きつり、ハルヒは上機嫌で巨大イカの解体ショーを見学し、数少ない野菜売り場で人参に似た植物を買い、金貨を出して驚かれた。
コーデに餌を与えながら、カバデールでは体験できなかった、異世界の町の娘という立場を満喫したのだ。




