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92 残り55日 勇者、クモコとの別れを決める

 目覚めた魔術師ペコは、側で見守っていた勇者アキヒコを見ると、震える腕を伸ばしてきた。

 勇者アキヒコはその手を取ろうと身動きし、左腕は折れたまま固定され、右手には再び糸を巻き直していたことを思い出す。


「アキヒコが、ゴーレムの集団に蜂の巣にされながら、私たちを町まで運んでくれたわ。その後、町中に配置された武装ゾンビに襲われて、空家に逃げ込んで、立て篭もったの。私もギンタも怪我をして、動けなかった。クモコがいなければ、全滅していたわ。アキヒコ……何があったの? あれは……魔王じゃないの?」


 ペコがいぶかし気に視線を向けていたのは、部屋の隅でアキヒコの上着のみを着て眠っている、人型の姿である。


「……クモコじゃな、あれは。一体……何があったんじゃ?」


 ギンタも起きたらしい。毒ドワーフのギンタは、ずっとクモコと一緒だった。クモコは、アキヒコよりギンタに懐いているようにすら見えたのだ。


「ああ……魔王がここに来た。僕が使いこなせなかった聖剣を持っていた。女神セレスが魔王に殺され……セレスの血を浴びたクモコが進化した」

「……なんてこと。ここに、魔王が……カバデールは魔王の支配地だものね。いても不思議はないか……でも、セレスは死んだ……」


 ペコは再び仰向けになり、天井を見上げた。


「セレスは、アキヒコがお気に入りじゃったな」

「アキヒコのことが好きだったのよ」


 ペコの呟くような物言いに、アキヒコは否定する。


「そんなんじゃないだろう。ずっと封印されていたから……自由になりたかっただなんじゃないかな。利用するにしても……勇者だったほうが、便利で都合がいい。それだけだよ」


 ペコが頭を少しだけ動かして、アキヒコを見た。


「クモコは、どうして魔王の姿なの?」

「俺が持ち上げることしかできなかった聖剣を、魔王は軽々と扱っていた。普通のやり方では勝てない。魔王や配下の魔物たちを混乱させる必要があるだろう」

「では、クモコをこの町に置いて行くのか?」


 ギンタが声を荒げる。アキヒコは頷いた。


「実は2日前……ペコとギンタが、一階で瀕死のまま寝ているなんて知らなかったんだ……ロンディーニャと話しをした。魔王が、何か恐ろしいものを王都に向けて放ったそうだ。すぐに帰って来てほしい。姫にそう言われた」


「すぐにって……どうやって?」

「ペガサスを呼ぶ。ペガサスを3頭、従魔の首輪で従えただろう。一刻を争うのかもしれない。僕が戻れなければ、王都が危ない」


 魔術ペコが、ゆっくりと、体の調子を確認するかのように上半身を持ち上げた。


「クモコを、本気でこの町に置いて行くのね」

「人間の姿をしていても、人間に進化したわけじゃない。クモコは強い。それに……もう一人いる。その子にクモコを任せよう」


 アキヒコは、まだ目覚めず、クモコの糸で全身を巻かれた冒険者を指し示した。


「わしも残る……というわけにはいかんじゃろうな。クモコのことは心配じゃが……独り立ちの時か……」


 ドワーフの独白に、ペコが割り込んだ。


「わかっていると思うけど、アキヒコ、聖剣を手に入れることができなかった以上、あなたは強くなっていない。魔王には負けたのよね? 王都に戻ったところで、戦えるの?」


「強くなっていないことはなかろう。セレスに進化の力を与えられた。本人が死んだといっても、それで効果が失われたのではないのじゃろう?」

「だろうな。クモコが進化したのは、セレスが死んだ後だ」


 セレスの死により効果が失われるのなら、クモコが人型に進化するはずがない。ペコも頷いた。


「……そう。わかったわ。ギンタ、食べ物を持っていない? こんな怪我、魔術ですぐに直せるけど……魔力を回復さなきゃいけないわ」

「どんな魔術だ?」

「裂けた皮膚よ、砕けた骨よ、なかったことに。アカチン」


 ペコが魔術を使うと、アキヒコの右手の痛みが無くなった。


「……すごいな」

「回復の魔術は魔力の消費が激しいけど……覚えておけば、死なない限り時間を無駄にすることはないわ。こんなひどい怪我をするとは、思っていなかったけどね」


 ペコは、ギンタが出した干し肉を口に入れた。

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