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88/203

88 残り57日 勇者、仲間の瀕死を知る

 邪神セレスに誘われるかのように、勇者アキヒコは再び深い眠りに落ちた。

 目覚め、ベッドを降りた時、体に力がみなぎるのを感じた。


「……凄いな。セレス様、僕に何かしましたか?」

「眠っている時に、ちょっとね」


 邪神セレスは、くすくすと笑った。

 アキヒコは装備を整えて部屋を出る。二階であることがわかった。階段を降りる。セレスは軽い足取りで、当たり前のようについてきた。


 アキヒコは硬直した。一階の部屋の床の上に、魔術師ペコと毒ドワーフのギンタ、仲間を失った冒険者が倒れていた。

 いずれも、体に白い糸が巻きついている。


「クモコはどこだ?」


 アキヒコが声に出すと、頭上でわしゃしわゃと音がした。

 振り向く前に、目の前に巨大な蜘蛛が降り立った。


「クモコ、まさか……裏切ったのか?」


 アキヒコは、雷鳴の剣を抜いた。クモコは話せない。ただ、身構えた。

 従魔の首輪で従えようと、生物の本能には勝てないのかもしれない。本来の主人であるアキヒコが弱り、眠っていため、野生に戻ったのかもしれない。


「クモコ、退け!」


 アキヒコが雷鳴の剣を振るう。クモコが飛び退った。

 アキヒコは、倒れていた魔術師ペコを抱き起こした。


「セレス様、クモコが近づいてきたら教えてください。ペコ……生きているのか?」


 アキヒコは、ペコの肌に触れる。凍ったように冷たい肌を想像した。だが、ペコの肌はまだ温かい。

 かすかに、胸が上下している。

 生きている。


 アキヒコは安堵しながら、ペコの身体中に巻きついた糸を切り裂いた。

 すると、糸が張り付いていた場所から、血が吹き出した。


「セレス様!」

「どうしたの?」


 セレスが覗き込む。アキヒコのように切迫した様子は全くない。


「ペコの怪我を……」

「この蜘蛛が血を止めていたのでしょう? その糸を外したのなら……殺して欲しいの?」


 邪神セレスは笑った。笑いながら、ペコに手を伸ばした。

 セレスが手を触れれば、ペコは死ぬ。根拠はないが、そう感じられた。


「い、いや……大丈夫です」


 アキヒコは自分が持っていた布を取り出し、クモコが塞いでいたはずの傷を再び縛った。

 ペコとギンタと冒険者の女が全身糸だらけなのは、それだけ3人が怪我をしていたからのようだ。

 つまり、クモコは野生に帰って3人を襲ったのではなく、死の危険から助けるために糸を巻いたのだ。


「クモコ……すまない。僕の勘違いだ。許してくれ」


 わしゃわしゃと前足を振り上げながら、クモコはゆっくりと警戒を解いた。

 アキヒコが雷鳴の剣を収める。クモコが近づき、ごわごわとした触覚を近づける。


「この蜘蛛、お腹減ったみたいね」

「……僕は、食われるわけにはいきません」

「少しならいいんじゃないの? この蜘蛛は、お兄ちゃんを裏切らないわ……とても強い呪いがかかっているしね」


 邪神セレスが笑う。邪神が『強い呪い』というのは、従魔の首輪のことだろう。従魔の首輪の効果や使い方を知っていても、その本質は知らない。

 アキヒコは頷き、火事場の盾を外し、腕を露出させた。


「食わないよな? ちょっと、体液を吸うだけだよな?」

「キシャー……」


 威嚇とは違う、やや楽しげな音を出し、クモコがアキヒコの腕に噛みついた。


「ペコたち……こんなに怪我をして……どうしたんだろう?」

「魔王のせいよ。町中に、ゾンビ兵を配置しているわ。ゴーレムで殺しきれなかった侵入者を、ゾンビで待ち伏せする……いやらしい手ね」


「じゃあ、僕が寝ている間……ペコやギンタの怪我は、放置していたのかい?」

「助ける義理はないもの。私が好きなのは、アキヒコだけ。アキヒコにだけ、私の力を分けてあげる。そうしないと、また……面倒なのに狙われちゃうから」


「『面倒なの』って?」

「私以外に女神を名乗る……頭の固い醜い女のこと。お兄ちゃん、会ったことあるんじゃない?」


 アキヒコが答えようとした時、建物の壁が吹き飛んだ。


「それって、私のこと?」


 魔王ハルヒが長剣を担いで現れた。

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