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87 残り58日 魔王、邪神に喧嘩を売る

 魔王ハルヒは、カバデールの町の様子を確認するために、ミスリル銀の水盆に魔力を注いだ。

 地下洞窟で剣を手に入れた場所だ。上空の隙間からだとはいえ、久しぶりに本物の太陽や星の光を浴びて気分転換した。


 ミスリル銀の水盆は、魔力を注げば自然に水が溜まる。水盆に張られた水面に映ったのは、巨大なクマだった。


『魔王様、久しいですな』


 向こう側から覗かれると姿を変える魔道具は、現在使用していない。

 ハルヒが自ら水盆を使おうとしていないのに覗かれる相手は、現在では一人しかいないためだし、自分が支配下に置いたカバデールの様子を見るためだからでもある。


「チェリー、そちらは変わりない?」


 ハルヒは、ミスリル銀の水盆に移す対象として、領主の館を狙った。その建物には、ハルヒが覗けるように特に姿見を多く設置してある。


『ないです。最近……北の山が崩れたぐらいでしょうか。それと、よそ者の人間が時々くるので、ネクロマンサーが喜んでいます』

「ラーファの領主が約束を守ったようね。山が崩れたのは、何もなかったうちには入らないと思うけど、被害が出ていないならいいわ。ご苦労様」


 森のクマさんチェリーが頭を下げるのを確認し、ハルヒは対象を動かした。

 ハルヒの指示で、町中のいたるところに姿見が設置されている。

 それが、ハルヒが覗くためであることを理解している町人はいない。

 ハルヒはカバデールの中で映写する場所を移動させ、硬直した。


「……アキヒコ……その女はなに?」


 水盆の中に映っていたのは、驚いた様子でこちらを凝視する勇者アキヒコと、アキヒコの体に手を這わせる半裸の女だった。

 王の娘ロンディーニャでも、冒険を共にしていた魔術師でもない。

 より美しく、妖艶だった。


『ハルヒか? これは……違うんだ。僕は、君を裏切ったりはしていないんだ』


 その時、ハルヒの背後から堕天使サキエルが覗いたのに、ハルヒは気づかなかった。


「これで、3人目じゃない。私が……知っているだけでね」

『どうしてそれを……いや、違う。僕が愛しているのは……』

「言わないで。あなたの顔なんか、二度と見たくないわ」


 ハルヒが見ている前で、女はアキヒコに抱きつき、頬に唇を寄せた。


『アキヒコ……あれはなに? アキヒコの大事な人なの?』


 水盆に映る女が、ハルヒを指差した。


『……あ……いや……あれは……魔王だ』


 アキヒコにも立場があったのだろう。だが、かすかな一言が、ハルヒを拒絶したと感じさせた。ハルヒには十分だった。十分、許せなかった。


『アキヒコ、どうして魔王なんか知っているの? ああ……殺す相手だものね。あれを殺すのね? なら、もっと力をつけないとね』


 言いながら、女の手が勇者の肌をさすった。


「アキヒコ……あんた、自分がなにを言ったか、わかっているのでしょうね?」

「魔王様、あの女とお知り合いですか?」


 覗き込んでいた堕天使サキエルが、ハルヒの背後から尋ねた。目を細めている。やはり、目が悪いのだ。


「今知り合ったところよ」

「お友達で?」

「そんなわけないでしょう。勇者共々殺してやりたいわ」


「なら、ようございました。あの女……顔がぼやけていますが、封印された邪神セレスによく似ています」

『私がセレスだったら、どうだというの? お前は何? 私をどうにかできるの?』


 水盆の向こうで、セレスが挑発する。


「いいえ。私程度ではできないでしょう。ですが……このお方は魔王様でいらっしゃいます。邪神程度、敵うはずがございませんよ」


 サキエルは、おそらく視力以外の情報を得ることができるのだ。だからこそ、目が悪いことをあまり気にしてこなかったのだ。力を持つ相手にも恐れないのは、本人もかなりの力を持っているからだと感じさせた。


『ふん……魔王は覚えたわ。勇者が滅ぼすでしょう。首を洗って待っていなさい』

「こっちのセリフよ。アキヒコ、覚悟はできているのでしょうね」


 映像が消えた。水盆とつながっている姿見を伏せたのだろう。

 ハルヒは上を見た。

 巨大な剣が刺さっていた地点から、綺麗な青空が見える。


「魔王様……私なら、魔王様を抱えて飛ぶこともできましょう」

「二人がいる場所もわかっている。カバデールの北側の地区ね」


 言いながら、ハルヒは自ら鍛え上げた神殺しの剣を握った。


「ノエル、コーデ、ここは任せたわ。少しばかり、勇者と邪神をとっちめてくる」


 魔物たちが平伏する。ハルヒの背を堕天使が抱いた。

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