79 残り62日 魔王、地獄の魔獣を蹂躙する
魔王ハルヒは、固まり岩となったマグマの上を歩いた。ラミアと配下の魔物たちは、固まったとはいえマグマの上を歩くのは拒絶した。
従っているのは、鬼族の戦士とヤモリたち、吸血鬼の王子である。
「ドワーフの生き残りは私の配下になったのだから、あれで全戦力でしょうに……最後の戦いに挑むのではなかったのかしら?」
ハルヒは、マグマだった場所の手前から動こうとせず、見送っているラミアと魔物たちに視線を送った。
「もともと、魔獣をマグマから呼び寄せて戦うつもりだったか……魔王様が弱らせてくれるのを持っているのでしょう」
「あいつらを戦わせなくていいのかい? 魔王様、これじゃ貧乏くじだぜ」
ノエルの答えを聞いていたドレス兎のコーデが、ハルヒの肩の上で主張した。
「別にいいわよ。強い魔物がいれば、従わせたくなるのが魔王の本性だもの。下手に手を出されないほうがいいわ」
「さすがです。魔王様」
「勝てればだけどな」
「私が勝てない奴だったら、魔王を変わればいいのよ」
「それこそ困ります」
ノエルがはっきりと言った。どうして困るのか理由を問いただそうとした時、ハルヒの目の前の地面に亀裂が走った。
ハルヒのいる場所を中心に、放射状に亀裂が広がっていく。
ハルヒは、光を発していた水晶玉を拳で隠した。
地面の亀裂から、赤い光が浮かび上がったのが、はっきりと見てとれる。
「みんな、離れなさい」
言いながら、ハルヒはコーデをノエルに投げる。
「魔王様は?」
「私はいいのよ」
言いながら、ハルヒは自分の足元に魔法陣を展開させた。
ハルヒの周囲で、固まった岩を食い破るようにマグマが吹き上がる。
周囲を赤く染められたが、ハルヒは暑いとすら感じていなかった。
足元で固まったていたマグマが溶け、ハルヒの視界が暗く塗りつぶされる。
ハルヒの視界は、マグマの中から出てきた巨大な魔獣の口の中にあった。
足元の魔法陣を維持したまま、ハルヒは上半身を魔獣に食われていた。
ハルヒは、巨大な上顎の内側に指先を押し付けた。
魔力を操り、魔力を使役することを魔法と呼ぶのであれば、ハルヒは誰に教わることもなく、ただ感覚で魔法を自在に操ることができた。
ハルヒの指先で、魔獣の上顎が弾け飛ぶ。
魔獣の上顎に空いた穴を、ハルヒはごく普通の足取りで歩いてくぐり抜けた。
ハルヒの前で、再び魔獣がマグマに沈む。
ハルヒは、足元に巨大な魔法陣を描いたままだった。
魔法陣の効果範囲には、ハルヒも入っている。配下の魔物たちは遠くに離れていた。魔物たちを巻き込まないぎりぎりの範囲で、再び冷気を凝集させる。
溶けたマグマが固まる寸前で、巨大な魔物がマグマの中から飛び出した。
ラミアたちが地獄の魔獣と呼ぶ存在だろう。
ブラックドラゴンよりも大きなからだを持つ四つ脚の獣で、全身に炎を纏っている。
ラミアたちが動揺し、騒ぎ立てているが、ハルヒの目には、鼻柱に空いた穴から大量の血を流しているのがわかった。当然、ハルヒがさっき開けた穴だ。
「私は魔王ハルヒ……従えないのでしょうね。残念だわ。立派な魔獣なのに」
地獄の魔獣ベヒーモスは知恵が高く、本来なら話もできる。だが、ハルヒは諦めた。手を上向きにして誘う。かかってこいと合図する。
ベヒーモスが突出する。
ハルヒは魔法陣を自分の前に展開させた。ベヒーモスが魔法陣の手前で、まるで岩の壁に衝突したように顔面を潰した。
ハルヒが魔法陣を消し、拳を振るう。ハルヒの拳は、ただでさえ城の壁を破壊する。
今は魔力を込めた。魔力を纏い、あらゆるものを破壊する拳を振り抜いた。
地獄の魔獣ベヒーモスの頭部が消し飛び、巨大な体が固まったマグマの上に倒れた。
「魔王様、お見事です」
ノエルが膝をつき、ドレス兎のコーデを差し出した。
視線の先で、ラミアたちが呆然としている。
「まだよ。まだ、終わっていないわ」
「その通り。礼を言うよ、魔王様」
原型すら留めず破壊されたベヒーモスの頭部から、男の声が響いた。ハルヒは一瞥をくれる。ベヒーモスの頭部だった肉片の中に、美しい均整のとれた肉体を持った魔物が傅いていた。




