78 残り62日 勇者、限界に至る
翌日、なんとか聖剣を担ぎ直した勇者アキヒコは、おぼつかない足取りで山を降る。
ようやく、はるか遠くに平原の町カバデールが見えてきた。
一息つきたいところだったが、足が取られる。地面が柔らかく、足首がまで沈んだ。沈んだのはアキヒコだけで、魔術師ペコやドワーフのギンタが乗るクモコは沈んでいない。
アキヒコが担ぐ聖剣のあまりの重さに、普通の地面では支えきれないのだ。
「アキヒコ、悲鳴が聞こえる」
勇者アキヒコに並んで歩いていた魔術師ペコが囁いた。
「そうか?」
常に全力を振り絞っている状態のアキヒコの耳には届かなかった。気づかなかったのだ。
前方に、舞うように少女セレスが歩いていた。セレスはよくアキヒコに話しかけるが、決して近づこうとはしなかった。常に離れた位置にいる。
「セレス、何か聞こえなかった? 人の悲鳴みたいなの」
「大丈夫。悲鳴を出した人は、もう死んでいるよ」
セレスはにっこりと笑う。
「何人死んだの?」
「5人かな。1人は生きているよ。もうすぐ死ぬけどね」
「何かに襲われているの?」
「武器を持ったサルね……面白い。ケダモノたちが武器を使っている上に……鎧まで身につけているなんて」
少女セレスはけたけたと笑った。
「どこじゃ?」
アキヒコが立ち止まったため、最後尾でクモコにまたがっていたギンタが追いついた。
「100歩ぐらい先」
平地であれば肉眼で見える位置だが、森の中では絶望的な遠さだ。
「……どうして、そんな先のことが正確にわかるの?」
「女神だもの」
セレスは、頬に指を当てながら笑った。
「アキヒコ、行きましょう。あの魔王は、恐ろしい力を持っていても人間は殺さないと言われていたのに……5人殺されたなんて……しかも、まだ生きている人がいる。生き証人よ。事実を王城に伝えなければいけないわ」
「僕は……無理だ」
アキヒコは、全身から汗を噴き出し、服がびっしょりと濡れていた。体力の限界なのだ。
「剣を置いて、また取りにくればいいじゃない。もっと体を鍛えてから、取りにくればいいのよ。アキヒコ以外の、誰にも持ち上げられないわ」
「……そうだな」
アキヒコは、担いでいた剣を地面に突き立てた。あまりにも簡単に、長剣の半分までが地面に突き刺さる。
「……ギンタ、すまない。クモコに乗せてくれ」
「仕方ないのう」
ギンタは愚痴ったが、クモコはもともとアキヒコが従えているのだ。クモコから見れば、ギンタもアキヒコに従えられた仲間なのかもしれない。
クモコが糸を飛ばし、アキヒコの体を巻き取って背に乗せる。魔術師ペコは自分で並走した。
少女セレスを追い越す。アキヒコはセレスを載せようとしたが、クモコはあえて遠回りしてセレスを避けたため、どうにもできなかった。
アキヒコが背後を振り向いた時、ギンタが叫んだ。
「魔物が向かってきておる。上からくるぞ」
アキヒコが身構える。木の上から、槍を持ったサルが降ってきた。
アキヒコは火事場の盾で槍を弾き飛ばす。
クモコが怒って立ち上がった。アキヒコとギンタが投げ出される。
「クモコ、ギンタ、この辺りのサルは任せていいか」
「クモコがいれば問題ないわい」
周囲はサルに囲まれていた。10頭もいるだろう。いずれも槍を持ち、頭部と胴体を守る簡素な鎧を身につけている。
アキヒコは一人で突破を試みた。ペコが背後に従う。
サルが二匹立ちふさがった。
「ウインドカッター」
ペコの杖の動きに一頭が顔を抑えてのけぞり、アキヒコが雷鳴の剣でもう一頭を退けた。
アキヒコとペコは、数日前に同行するよう誘われた冒険者たちの死体を見つけた。サルが死体から装備を剥ぎ取っている。一人だけ、手足を縛られて地面に転がされていた。
「た、助けて!」
ひとりだけ殺さなかったのは、生きたまま食べるためだろう。食われる運命を察していたのか、冒険者の女は泣き叫んだ。
アキヒコは雷鳴の剣を振りかざして踊りかかり、サルの魔物の群れを蹴散らした。




