77 残り63日 魔王、マグマを凍らせる
かつての地下帝国の女王ラミアに連れられ、魔王ハルヒは洞窟の奥深くに進んでいた。
ハルヒが引きつけていた鬼たちとヤモリ、吸血鬼の王子だけでなく、ゴブリンやオーク、人語を介するコウモリなど、暗闇を好む魔物たちが集まってきていた。
ハルヒが初めから引き連れていた魔物以外は、ラミアが地獄の魔獣に最後の決戦を挑むため、集めていた魔物たちである。
ドワーフの生き残りが、集めようとしていた最後の戦力だとラミアは語った。
「……総勢500か……我が軍の最大戦力に匹敵するわね」
「数だけです」
「わかっているわ」
ノエルの不服そうな声に応える。
ハルヒは、ラミアがトロルを従えようとして、失敗したことも聞いていた。ハルヒがトロルを皆殺しにしたと聞いて、戦慄していたのだ。
ハルヒとラミアが並んで先頭に立ち、洞窟の底で、煮えたぎるマグマの海の前で立ち止まった。
「ドワーフたちが、地下へ地下へと掘り進めた結果がこれというわけね……地獄の魔獣というのも、この近くにいるの?」
「おそらく……マグマの中です」
「摂氏一万度を超えるわよ」
「……なんのことですか?」
温度の単位は、ラミアには通じなかった。
ハルヒは肩に乗っていたコーデをノエルに渡す。
自分の脳に意識を向ける。望んでいた魔法陣が浮かび上がる。
ハルヒは正面に手をかざし、魔法陣を展開させた。
できるだけ大きく、魔法陣をマグマで赤く照らされた空間に描く。
魔力を放つ。
周囲を冷気が包んだ。魔法陣から漏れ出てくる冷気だ。ただ、漏れ出ただけの冷気だ。
魔法陣が実際に展開されているマグマの上では、ハルヒたちが感じている数十倍の冷気が生じている。
見渡す限りはマグマの海だった。
その海が、凍った。
赤い蠢く流れが、赤黒くくすんだ地面に変わる。
「……まさか。マグマを凍らせるなんて……」
「このマグマがある間は、向こう側には渡れないわね。戻ることもできなかったでしょう。旧地下帝国が懐かしいでしょうね」
「いえ……魔王様、このマグマは、ただのマグマ溜まりです。ドワーフたちが地下に向かって掘り続けたためにマグマが吹き出し、地獄の魔物が暴れましたが、洞窟を抜けるだけなら、もっと上を通ります」
「……話が違うんじゃないの? 地獄の魔獣に地下帝国が破壊されのでしょう? マグマ溜まりの中にいるなら、そこまでの脅威ではないはずよ」
ラミアが苦しそうに答える。
「地獄の魔獣は、出現と同時に地下帝国を蹂躙し、暴れまわりました。マグマ溜まりに戻ったのは、帝国を100年前に破壊し尽くした後のことです。それから、幾度となく再興を目指しましたが、そのたびにマグマ溜まりから気まぐれに出て来た魔獣に襲われ、多大な被害を出し、私を慕っていた者たちも逃げ出しました。私たちが全滅するか、魔獣が死ぬか……もう、二つに一つしかないのです」
ラミアの決意に、ハルヒは首を傾げた。
「ふむ……少し、腑に落ちないわね。ノエル、地獄というのは、実在するものなの?」
ハルヒはマグマだった岩の塊を睨みつけながら、側近の赤鬼族ノエルに尋ねた。
「はい。私は地上の生まれですが、マグマの大地に覆われた、地獄という地下世界が存在すると言われています」
「……伝承の類ではなく、私が聞きたいのは、実在するかどうかよ。魔獣というのだから獣でしょう。その割に、やり方が計画的すぎるわ。魔獣の飼い主がいるんじゃない?」
「残念ながら、聴き及びません」
「……そう。それが地獄に住む気の利いた魔物だとしたら……この場合は悪魔になるかしら……それがいるのなら、従えれば役にたつかもしれないと思ったのだけどね」
言いながら、 ハルヒは凍りつき岩と化したマグマの上に踏み出した。




