75 残り64日 魔王、地下帝国の女王と出会う
魔王ハルヒは、4人の鬼族と半数に減ったヤモリたちを連れて、暗い洞窟の探索を続けていた。
トロルは殲滅した。万が一生き残りがいても、簡単に倒せるので警戒もしなかった。
時々住み着いたゴブリンやオークと出くわしたが、ハルヒを恐れて近づいてこなかった。
「だいぶ歩いてきたわね。半分くらいは来たかしら?」
「この洞窟がどこまで続いているのかわかりませんが……ザラメ山地の北側にある入り口から魔の山まで繋がっているとすると、まだ半分にはいかないかと」
「カバデールの下ぐらい?」
「手前でしょう」
「少し休みましょうか」
「では、椅子になりましょう」
「ノエルを椅子にするのは、権威を見せなければならない相手がいる時だけよ。普段からそんなことをしているわけじゃないわ」
ノエル以外の別の鬼が申し出たため、ハルヒは否定した。適当な岩を見つけて腰掛ける。
鬼たちが、なぜか残念がった。
ノエルが笑う。
「魔王様の椅子は、一族の長である我の特権だ」
「……そうなの?」
「そうなんじゃないか? 魔王様に座るのも、おいらの特権だぜ」
ハルヒは肩の上にいたドレス兎のコーデに尋ね、コーデは胸を張った。
鬼たちが悔しがっているうちに、ヤモリ族がハルヒの前に竃を組み上げ、鍋を起き、水を注ぎ、洞窟に住み着く小動物の肉を入れた。
ハルヒが火を灯す。火が生じる魔法陣を思い描くこともできたが、単純に魔力を炎に変換するイメージを浮かべるだけで火を灯すことができた。
指先を上下させると、灯った火が大きくなった。
「魔王様の力は、膂力や魔法陣だけではないのですね」
「私にもよくわからないのよ。できそうだと思ったことは、大抵できるわ。例えば……こういうのかとね」
ハルヒは果物の種を指先につまんだ。
種が芽吹き、細い木となり、枝に花を咲かせ、大きな実をいくつもつける。その工程が、数秒で行われる。
「……成長の魔法ですか?」
「これが魔法かどうかもわからないわ」
素直に言うと、ハルヒはたわわに実った赤い果実を魔物たちに投げた。
魔物たちは平伏して受け取る。ただ1人、ドレス兎のコーデだけは、ハルヒがかじり割った破片を渡された。
コーデは他の魔物より少ないことに不平を漏らしたが、鬼たちはむしろ羨ましそうに見つめていた。
鍋の中が沸騰する。
「何か来ましたな」
「ドワーフたちが言っていた、地獄の魔獣ではなさそうね」
「そのような魔獣が本当にいるかどうかはわかりませんが……」
ノエルが言葉を止めた。音が聞こえる。
地面を這いずるような物音だ。
「このような場所で、宴を開くものではないわ。奴が匂いを嗅ぎつけて、暴れ出したらどうするのじゃ」
声だけが聞こえる。ハルヒは灯の輝きをさらに強くした。
姿はない。だが、洞窟の壁に影が映った。
「姿を見せなさい、無礼者」
ハルヒが手を振るう。
壁に映った影が壁に叩きつけられ、潰れたような音を発した。地面にわだかまる影の中に、爬虫類の体が浮かび上がった。
「き、貴様……」
「魔物なのに、私が誰だかわからないというのは、楽しいわね」
ハルヒが立ち上がる。
「まさか……魔王様……」
「……残念だわ……」
ハルヒは心底言うと、やや離れたところで潰れたようになっている魔物に近づいた。
巨大な蛇の体をしているが、蛇であれば頭部がある場所に、人間の女の体がある。手に槍を持っているのは、道具を扱う知恵があることを物語っていた。
「……これは何?」
「こいつ、ラミアだ。地下帝国の女王っていう噂は聞いたことがあるぜ」
「……そう」
ハルヒがコーデの髭を撫でる。コーデはとろけるようにハルヒの手に頭をこすりつけた。
「地下を通るには、あなたの許可がいるの? 地下帝国の女王さん」
「すでに……地下帝国などございません。あの魔獣に、全てが破壊されました。はや……100年も前のことになります」
ラミアの言葉に、ハルヒは自分の認識との齟齬を感じた。
「滅びた地下帝国の中に……ドワーフたちもいたの?」
「国の大半の建物は、ドワーフたちが建築したものです」
「ドワーフたちは、100年もあんな状況だったの?」
ハルヒは、ラミアではなく背後に尋ねた。
「そうですね。ドワーフがあれほど痩せ細るのは、それぐらいの年月が経っていなければありえないでしょう」
ノエルが答える。ノエルは指示されなくても、ハルヒの背後で四つん這いになっていた。ハルヒがいつ椅子を求めてもいいように、準備しているのだ。
「私はハルヒ、あなたが言うように、魔王よ」
ハルヒが諦めてノエルに腰掛ける。
「私は……ラミア族……かつて女王と讃えられた者でございます。我が民の生き残りを探すため……洞窟を徘徊しております」
「探してどうするの?」
「かの魔獣に、最期の決戦を挑み……玉砕をする所存にございます」
「やめなさい。玉砕前提なんて。魔獣さえいなければ、地下帝国は再びつくれるの?」
「……時間がかかりますが」
「それは、構わないわ」
魔王ハルヒは、にやりと笑った。




