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74 残り64日 勇者、封印されていた女神を解放する

 地中に埋まっていた分を考えると、王城より大きいのではないかと思われる巨大な岩だったものは、聖剣として勇者アキヒコに握られていた。

 サイズは長剣であるが、重さは巨大な岩のままである。


 勇者アキヒコは、魔術に頼ってなんとか一振りし、その一振りでブラックドラゴンを撃退した。

 だが、それ以上は動けなかった。


 手を放せば、再び巨大化するかもしれない。その思いで、剣の柄にあたるブラックドラゴンが乗っていた場所を、手が痛くなるほど強く握ったままだった。

 一度は振り上げ、振り下ろしたものの、それ以降は全く動かなくなっていた。


「よく、あんなもの振り回したものじゃ」

「勇者って、人間離れしているわね」


 毒ドワーフのギンタと魔術師ペコが、賞賛しているのか揶揄しているのかわからない声をかける。


「……わぁ。あの大岩が急に消えたと思ったら、お兄ちゃんが剣に変えていたんだね」


 ペコとギンタの言葉には反応しなくなっていたアキヒコだが、全身にびっしょりと汗を掻きながら、突然かけられた声に振り向いていた。

 アキヒコの視線の先で、大きな穴から顔を出していたのは、整った顔立ちの少女だった。


 目がパッチリと開き、金色の髪が風になびいている。少女が入っている穴は、聖剣が大岩だった頃、埋まっていた場所だった。突然大岩が縮小し、山に穴が開いてしまったのだ。


「……君は誰だ?」


 アキヒコは動けなかった。聖剣は地面に落ち、アキヒコは落ちた聖剣の柄を握っているだけだったが、手を離すと巨大化するのではないかという思いが手を離すことを拒絶していた。

 少女は頭以外の部分が穴の中にある。両手でよじ登ろうとしていたが、体が弱っているらしく、それすらもできなかった。


「お嬢ちゃん、危ないぞ」


 ギンタが駆け寄る。手を伸ばした。


「うん……おじいちゃん、美味しそうだね」

「ギンタ、気をつけて! こんなところに、ただの子どもがいるはずがないわ」


 ペコが警告する。少女は、ギンタのことを『美味しそう』だと言った。

 かつてギンタにかぶりついたのは、白精霊とクモコだ。ペコは、少女の姿をしているが何か別の存在だと警告したが、ギンタは笑った。


「こんな小さな子に、どう気をつけろと言うのじゃ。クモコ、頼むぞ」


 クモコがギンタの胴に糸を飛ばす。命綱だ。ギンタは迷わず少女に駆け寄る。

 少女はギンタの手を掴んだ。


「おじいちゃん……奴隷なの?」

「いや。こいつらの仲間じゃ。むしろ、世話役ともいえるな」

「人間じゃないのに……ああ、召使いなんだね。優しいんだ」


 少女はにまりと笑った。最後の言葉だけ、アキヒコに視線を向けていた。

 ギンタが少女を引き上げる。

 簡素だが汚れのない綺麗なドレスを着た、痩せているが美しい少女だった。


 年齢は、7歳ぐらいにアキヒコには見えた。

 引き上げてくれたギンタのことを見向きもせず、少女はアキヒコの元に駆けた。


「待ちなさい。あなた、何者? アキヒコに近づかないで」


 魔術師ペコが立ちはだかる。


「お姉ちゃんは、奥さんなの?」

「えっ? ま、まだよ。もうちょっと……」


 ペコが迷った間に、少女は駆け抜けた。


「待ちなさい」

「このままだと、お兄ちゃん一生あのままだよ」


 ペコの手をかわし、少女がアキヒコの前にかがんだ。


「わぁっ! 異世界の人なんだ。だから、剣を従えられたんだね。でも……このままじゃ持ち上がらないよ」

「一度は振れたんだ。頑張ればなんとか……」


 アキヒコはずっと全力を振り絞っていた。聖剣は全く動く気配はない。少しずつ、山の地面に沈もうとしている。地面が凹みつつあるのがわかる。


「この盾……一時的に力をくれる盾だよね。そのあとは、逆に疲れるんじゃない?」

「火事場の盾よ。アキヒコが剣を振れた時は、ブラックドラゴンが目の前にいたわ」


 ペコが諦めて、警戒しながらも側に立った。


「勇者なの?」

「……うん」

「力がほしい?」

「……うん」


「私のことを信じられるよう、力をあげる。でも……その岩は要らないと思うよ。だって、私がいるんだもの」

「どういう意味だい?」


 少女はにまりと笑った。笑いながら自分の指を口に運び、噛んだ。血が滴る。


「君は……」


 少女は、傷ついた指をアキヒコの口に運んだ。痛がってもいない。ただ、笑っていた。


「私はセレスよ。進化と豊穣の女神と呼ばれていたけど、あの大岩に封印されていたの。望みがあれば叶えてあげる。だから……私を守って」

「アキヒコ、答えちゃ駄目よ。封印されていた神なら……この世界には必要なかった神だもの。おそらく……邪神よ」


 アキヒコの口から少女の指が抜かれる。アキヒコの手が、ゆっくりとあがる。聖剣を握ったままである。

 アキヒコは、聖剣を持ち上げた。自在には操れない。体を下に入れ、なんとか持ち上げることができた。


 アキヒコはペコを見る。ペコは緊張した顔で首を振った。ギンタは親指を立てていた。クモコは、なぜか恐れるようにひれ伏している。


「ペコ……大丈夫だよ。女神セレス、あなたを守れるよう、最善を尽くします」


 アキヒコが膝をつく。女神を名乗る少女が、勇者を従えた。

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