73 残り65日 魔王、ドワーフを配下にする
魔王ハルヒは、お気に入りの椅子である赤鬼ノエルに腰掛け、這いつくばるドワーフ一族を睥睨した。
ドワーフたちはいずれもやせ衰え、骨と皮ばかりに見えた。
「私は魔王ハルヒよ。ドワーフの生き残りはこれだけなの?」
ハルヒが問うと、やせ細ったドワーフたちは互いの顔を見かわした。中央にいた、髭だけは立派な小男が口を開いた。
「かつて、我々は地下の大迷宮を築き、その一部に王国を構えました。地下を好む魔獣、光を嫌う魔物と共存し、地下帝国を築きました。ですが……帝国も今は昔……帝国を滅ぼした魔獣に追われ、我々を餌としか見なさない魔物たちから隠れ、地下に地下にと潜るうちに……帝国を滅ぼしたとされる地獄の魔獣から逃げ続け……我々だけとなりました。他にも生き残りはいるかもしれませんが……わかりません」
ハルヒは隣を見る。ドレス兎のコーデが肩をすくめた。知っているはずがなかった。
「周囲……およそ10キロには、地獄の魔獣と思しき魔物はおりません」
告げたのは、ハルヒの横で膝をついていた小さな影だ。
「吸血鬼の王じゃない。生きていたの?」
「申し訳ありません。突然……原因はわかりませんが、肉体の多くを失いました。現在は、この程度の力しかございません」
ハルヒが召喚した吸血鬼は、ハルヒが行ったトロル退治の巻き添えで、大部分消滅していた。ハルヒの隣でかしこまっていたのは、ほんの5歳ぐらいの少年に見える。
「残った肉体を再構成したというところ?」
「はっ」
「生きていてよかったわ」
「もったいないお言葉です」
吸血鬼の王は頭を下げた。全く意図せず、自分の力で召喚した配下を殺したということで、ハルヒとしても寝覚めが悪かったのだ。
「ドワーフたち……お前たちは何を望むの?」
「……ほかの生き残りがいれば、種族の再興を願ったかもしれません。この地下洞窟は、はるか北まで繋がっています。もし生き残っているとすれば、地獄の魔獣が根城とするその先のはずです。ドワーフ族は死に絶えようとしています。我々が望むのは……穏やかな死です」
「ふむ……ドワーフ族は金属製品を扱うのに長けていると聞いて、期待したのだけれど」
「残念ながら……魔王様が満足するような品は、今の我々には難しいかと」
ハルヒは、持ち物の中からミスリル銀の水盆を見せた。
「どう思う?」
ミスリル銀の水盆を見た途端、ドワーフたちの顔つきが変わった。目を見開き、鬼気迫る形相で睨みつける。
「……エルフの作ですな。見ればわかります。無駄に装飾が多く……彫金が甘い。ミスリル銀が勿体無いですね」
「私のお気に入りなのだけど」
「も、申し訳ございません」
魔王の気に入っている一品を貶したのだ。ドワーフたちは楽に死ぬことさえ叶わないと、一斉に額を地面に押し付けた。
「私の持ち物を貶したのだから……相応の力を見せてくれるのでしょうね」
「あの……何をすれば……」
「ミスリル銀はもう手に入らないわ。ただの金属でいい。それなら……私が塊で召喚できる。私が望む形に加工することと、余った金属を無駄にしないで、作りたい物を作りたいだけ作ること。報酬は……安全な寝ぐらと食事ね。それに……私はまだこの先に進む。もしドワーフをみつけたら、連れてきてあげるわ」
「よ、よろしいのですか? 我々のような者たちに……」
「問題なの?」
「我々の全てをかけて、魔王様にお仕えさせていただきます」
「結構。では、吸血鬼の王……いえ、王子と呼んだほうがいいわね。私が洞窟に潜った目的の一つは確保できた。あなたには後で褒美を取らせるわ」
「ありがたき幸せ」
吸血鬼の王子と呼ばれた小さな影が頭を下げる。
「だから、ドワーフたちを、魔の山側の洞窟の入り口まで案内しなさい。ノエル、鬼を1人と、ヤモリたちの半分をドワーフの護衛につけて」
「承知しました」
「魔王様……この先に進まれるとのことですが、地獄の魔獣だけにはお気をつけください。魔王様に何かあっては……今後こそ、ドワーフ族は死に絶えます」
「ありがとう。あなたたちも、無駄に死なないように」
ハルヒの言葉に、ドワーフたちがひれ伏した。
※
ハルヒは進む。ふと、吸血鬼の王子に言ったことを思い出した。
「ノエル、コーデ、あなたたちも褒美が欲しい?」
「魔王様の肩に乗っていられる魔物は俺だけだ」
コーデが胸を逸らした。
「ノエルは?」
「魔王様のお尻の感触だけで満足です」
「……予想していた答えとは、少し違ったわね」
側近の魔物の意外な性癖に、ハルヒは少し戸惑った。




