71 残り66日 魔王、弱点を忘れる
魔王ハルヒは、魔の山に口を開けた洞窟の探索を続けていた。
「トロルというのは、ドワーフを食べるの?」
ハルヒは随伴の鬼たちに尋ねた。肩にドレス兎のコーデを乗せているが、コーデが知るはずはないと判断したのだ。
「食べます」
赤鬼族の筆頭ノエルが即答した。
「なら、駆除しましょう。私に従わない、利益ももたらさない魔物であれば、仕方ないわ」
ハルヒは言いながら、暗闇に魔法陣を展開させた。
幻想的に輝く魔法陣が、突然黒く濁る。
魔法陣が収束し、ハルヒの前に顔色の悪い人型の魔物が跪いていた。
「吸血鬼の王よ。私に仕えるわね?」
「勿論でございます、魔王様。不肖この吸血鬼の王、全霊をもちまして、お仕えさせて頂きます」
「結構。では、この洞窟にいるトロルとドワーフを探して報告しなさい。居るだけ、全部よ」
「承知いたしました」
吸血鬼の王の者の姿が崩れた。無数のコウモリに変じて飛び去った。
「魔王様、今のは……」
「召喚したばかりの吸血鬼の王よ。本当に王かどうかは知らないけど……たくさんの眷属を操れる魔物をイメージしたら、思い浮かんだの。体を細かく分割してコウモリとして飛ばすっていうのは……映画で見たことがある……いえ。なんでもない」
言いながら、ハルヒは次々にトロル対策の水晶玉を作り出していた。
しばらくして、コウモリたちが帰還して吸血鬼となった。吸血鬼の王となったが、完全な姿ではない。
「両腕はどうしたの?」
「遠くまで探りに行っています」
つまり、まだコウモリとしてどこかで飛んでいるのだ。
「うん……いいことね。報告を優先したのもいい判断だわ。結果は?」
吸血鬼の王はかしこまった。
「はっ……トロルは30体ほどでしょう。狭い洞窟に、やせ細った小人が逃げ込んでいます。20人もいるでしょうか。恐らくは、逃げ込んだドワーフでしょう」
「小人を、ドワーフだと判断する根拠は?」
「ドワーフであれば、どんなに衰えていても髭は変わりません」
赤鬼族のノエルが気を利かせて口を挟んだが、吸血鬼の答えは違った。
「飢え死にしそうなほどやせ細り、狭い場所に逃げ込んでいますが、ハンマーと鑿で鉱脈を探し続けています」
「なら、間違いないでしょうね。いいわ。案内して」
「トロルはお任せください」
ノエルが拳を打ち鳴らす。ハルヒは笑った。
「どうして、ドワーフだけでなく、トロルの位置も事前に調べたと思うの?」
「トロルを避けるためだろ?」
肩の上でコーデが言った。
「私にとって役に立たないのに、生かしておく必要もないでしょ。吸血鬼の王よ、この水晶をトロルたちのところに運びなさい。下半身だけあれば、ドワーフのところには案内できるわね?」
「はっ」
吸血鬼の上半身が、再びコウモリに変じた。ハルヒが差し出した水晶玉を、コウモリ一頭につき一つ掴んで飛び去る。
下半身だけになった吸血鬼が、暗い中を案内した。
「頭部がなく、わかるのでしょうか?」
「吸血鬼はアンデッド系の魔物でしょ。目も耳も本来機能していないのよ。なら、頭部がなくても支障はない……んじゃないの?」
「当て推量かい」
コーデの言葉は無視して、ハルヒは進む。ノエルたち鬼族と、暗闇な地形の変化に強い、ヤモリたちが供として続いた。
「この先です」
狭い通路が続く手前で、下半身だけの吸血鬼が告げる。どうやって話しているのはやはり謎だ。
吸血鬼の王が、付け加えて言った。
「全てのコウモリたちが、トロルのところに到着しました」
「了解……あの水晶玉には、二つの効果を持たせてあるわ。ひとつは、私の魔力を受け取る効果、もう一つは……太陽と同じ波長の光を発する効果」
ハルヒが、コウモリが運んだ水晶玉に魔力を送る。
「ギャアァァァ……」
目の前の、吸血鬼の王の下半身が悲鳴を上げた。
「あっ……吸血鬼の王は、強力な力を持つ代わりに、弱点も多かったわ……」
「太陽の光も……ですか」
「しまったわね」
ハルヒが魔力を送った瞬間、全てのトロルたちは石に変わった。だが、吸血鬼の分体であるコウモリたちも太陽の光で滅び、体の大半を失った吸血鬼の王は、あっけなく滅び去った。
「吸血鬼……運のない一族ね……」
最初に王都に送り込んだ一体も、ついに戻らなかった。ハルヒは吸血鬼の一族の冥福を祈った。




