70 残り66日 勇者、ブラックドラゴンから隠れる
グリフィンの肉で焼き鳥パーティーに興じた翌日、勇者アキヒコと仲間たちは、再び聖剣を見上げていた。
剣先から地面に突き立った形に見える、聖剣という名の岩である。
空に近い、剣であれば柄に当たる場所に、真っ黒いわだかまりがある。
丸まって眠るブラックドラゴンだ。
「王城で寝ていたのと同じ奴かな?」
崖地を回り込んで上り、森の中に潜み、勇者アキヒコは覗き見た。
「……ブラックドラゴンなんて、めったにいないわ。まず、同じ個体でしょうね」
魔術師ペコが頷く。
「王城の時はひどい寝相だったけどな」
「寝返りを打つと落ちるからじゃない? 寝相より……どうしてあんな場所にいるのかの方が気になるわ」
「お気に入りの場所なんじゃろう」
アキヒコの足元からギンタが覗き、クモコがわしゃわしゃと同意した。
「そんなはずがないのよね。ブラックドラゴンの住処は誰も知らない。でも……来るときは魔の山から来る。こんな場所がお気に入りだったら、カバデールでもラーファでも、聖剣どころの騒ぎじゃなくなっているはずなのよ」
「聖剣の噂の前に、ブラックドラゴンの噂が出なければおかしいということか。なら……誰かが命じた、ということか? 魔王か?」
「ブラックドラゴンに命令ができるとすれば、他にはいないでしょうね。つまり……剣の形をした岩は、ただの岩じゃないかもしれないわ。本物の聖剣で……勇者に手に入れられると、魔王にとって困ったことになるのよ」
実際は違う。魔王もただの大岩だと思っているが、勇者が現れるかもしれないと、ブラックドラゴンに聖剣の近くにいるよう命じたのだ。もちろん、ペコが知る由もない。当然アキヒコも知らないことだ。
「手に入れるって……どうやって? ただの岩だ。近くで見たら、そう思うしかないだろう」
「……勇者にしか抜けないとかか?」
ギンタが聖剣を睨む。クモコも真似をする。
「勇者でも抜けないよ。そもそも、地面の下に剣と同様の形があるとは思えない。横に倒したら、剣の形をしていないんじゃないかな」
「じゃあ……アキヒコは、魔王がブラックドラゴンを無駄にあそこに置いていると思うの?」
「それは……わからない」
正確に言えば、思うのだ。だが、それはハルヒの性格を知っているからこその判断である。魔王ハルヒと知り合いであることは、知られたくなかった。
「試すしかなかろう。アキヒコ、聖剣に触れてみろ」
「……それだけじゃ足りないかもしれない。聖剣を登って、柄を握って引き抜いてみて」
「いや……そうは言うが、ブラックドラゴンはどうするんだ? あのでかい岩を登っている間、見逃してくれると思うか?」
魔術師ペコはしばらく考えていた。ややあって、手を打った。
「あの大岩が本当に剣である可能性は低いかもしれない」
「そうだろう」
「でも……魔王を倒す準備として、ザラメ山脈を登ることは王の指示でもあるわ。あの岩が剣でなかったとしても、なんらかの関係はあるはず。近くに寄って、調べる必要はあるわね」
「……うん。あの岩を剣として使えって言うより、その方が説得力がありそうだけど……ブラックドラゴンをどうするかの結論が出ていないよ」
「……仕方ないのう。わしが惹きつけるわい」
ギンタが言った。ギンタは毒ドワーフだ。何もしなくても、ギンタはいるだけで、大型の魔物は美味しそうだと思うのだ。
「でも……ドラゴンは魔法に対する耐性がとても高いわ。ドラゴンに飲み込まれたら、いくらアキヒコの魔術が強力でも、魔術で吐かせることはできないと思うけど」
「……尻から押し出すのは?」
アキヒコが尋ねた。吐き出させるのは無理でも、排泄物として出すのはどうだろうと思ったのだ。
「ドラゴンの体内に取り込まれたら、魔術は効果がないって言っているのよ」
「……ギンタ。短い間だったが、楽しかった」
アキヒコがギンタの肩を叩く。ギンタはアキヒコの手を払いのけた。
「殺すな。そこまで危険だと知っておったら、囮になどならんわ。魔術でどうにかならんのか?」
「ブラックドラゴンを避けるぐらいはできるけど……」
「できるのか?」
「臭いのよ」
「やれ」「構わん」「キシャー」
アキヒコ、ギンタ、クモコの声が重なった。




