68 残り67日 勇者、ザラメ山脈に挑む
近づけば近づくほど、聖剣は岩だった。
周囲まで密集した森が迫っていたものの、聖剣という名の岩の向こう側はスッパリと切断されたように、地面が消えていた。
勇者アキヒコは焦っていた。
前半身がワシ、後半身が獅子に似た巨大な魔物が、聖剣の向こう側にある崖地から飛び出して、アキヒコが呼びかけようとしていた愁いの写しを掠め取り、そのまま飛び去ったのだ。
ペコはグリフィンだと叫んだ。
前半身にワシの爪を持つ前脚と、後半身にしっかりとした獅子の後脚を持ちながら、さらに背に生えた翼で飛んでいた。
「チャッカマン」
アキヒコが飛び去るグリフィンに点火した。かなり離れた位置だったが、グリフィンが燃え上がった。
燃やし殺すには至らないが、驚いたグリフィンがバランスを崩した。
ワシの前脚で掴んでいた愁いの写しが落ちる。
「アキヒコ、グリフィンは光る物を集める習性があるわ。他のグリフィンにとられないよう、早く!」
「わかっている」
アキヒコが必死に走る。グリフィンが落とした愁いの写しは、崖の向こうに落下していった。
ドワーフのギンタがクモコに命じた。
「クモコ、あれを鳥どもから奪うんじゃ」
クモコはがしゃがしゃと脚を動かして森の中を進んだ。聖剣と呼ばれる岩を越え、崖地に入り、アキヒコを抜き去った。
アキヒコは崖から飛び出して、空を舞った。
クモコは飛び出さない。崖地があれば、地形にそって速度を落とさずに垂直に降りる能力があった。
「アキヒコ! パラシュート!」
魔術師ペコの声が聞こえた。ペコの言葉は、魔術を発動させる呪文だと理解した。
「パラシュート!」
アキヒコが魔力を放出する。
落下の速度が極端に落ちた。
アキヒコの足元を、クモコがギンタを乗せて走り抜ける。
クモコの行く先に、グリフィンの巣があった。崖に突き出した、岩の上である。
光を反射するものがある。
それが、愁いの写しであることアキヒコは願った。もし、巣の中に落下していなければ、岩に当たって変形していたら、もう2度と使用できないかもしれない。
アキヒコは、その想像を恐れた。
アキヒコの足の下で、クモコがグリフィンの集団と戦いだした。グリフィンの巣を襲う形になっているので、戦いになるのは当然だともいえる。
「このっ! このっ!」
ギンタがクモコの背に乗って、ハンマーを振り回す。
「ギンタ、飛べ!」
「んっ? どうしてじゃ?」
「毒ドワーフだろう」
「意味がわからんわい」
言いながら、ギンタは飛んだ。グリフィンが鋭いくちばしで突く。
「リフレッシュ」
アキヒコの魔術に、ギンタが、ギンタを突いていたグリフィンの喉の奥に飲み込まれた。
グリフィンは大型の魔物だが、サイズはクモコより一回り小さく、何より猛禽類と同様のくちばしなので、人間サイズのギンタを丸呑みするような体の構造はしていない。
アキヒコの魔術で半ば強制的に飲み込まされたグリフィンは、喉を詰まらせて倒れた。
「リバース」
ギンタが吐き出されるが、もはやグリフィンの喉は裂け、ピクリとも動かない。
アキヒコはようやくグリフィンの巣に降り立ち、雷鳴の剣を振りかざした。
残るグリフィンは三体もいたが、一体はクモコの糸に巻かれ、一体はなんとかアキヒコが雷鳴の剣の力で無力化し、一体はギンタを飲み込まされて喉を詰まらせた。
「……よかった。愁いの写しは無事だ」
「わしは無事じゃないわい。グリフィンが光り物を好きなのは常識じゃろう。どうして、こんな場所でそんなものを出したんじゃ」
ギンタが、アキヒコの愁いの写しを指差した。
「悪かったよ……定時連絡の時間だと思って……」
「時と場合を考えんか」
ギンタに説教されるという、今まで想像してこなかった状況にあったアキヒコに、上から声がかけられた。
「おーい……生きてるぅ?」
崖の上から、ペコが手を降っていた。ペコの背後に聖剣という名の岩が見えている。
すでに、アキヒコたちはザラメ山脈の剣ヶ峰に来ている。
「ペコ! 飛べ!」
「えっ?」
アキヒコは見た。ペコの背後に、真っ黒い巨大な影が降りて来ていた。
聖剣の上に止まる。
ペコは振り返り、すぐに飛んだ。アキヒコの魔術が放たれ、アキヒコはゆっくりと降りて来たペコを抱きとめた。
「……ブラックドラゴン。どうして? 魔の山に帰ったんじゃないの?」
ペコが顔を真っ青にしていた。ペコにとっても、最大級の危機なのだ。
「……まあ、わしらを気にしている様子はない。飯にしよう。食材はたんまりある」
ギンタは、自分を飲み込み、結果として喉を詰まらせて死亡した2体を含め、新鮮なグリフィンの死体を指差した。




