65 残り69日 魔王、姿を偽る
魔王ハルヒは、自分の部屋と定めた場所で、アイテムの作成をしていた。
細かな細工はできないが、魔法陣を刻む素材があれば、ハルヒは魔法道具を作成できるのだと今更ながら気づいたのだ。
これまでは、ミスリル銀の水盆を離れた場所との通信手段に変えることにしか使ってこなかった。魔女の指示などで簡易な魔法道具を作ることはあっても、積極的に活用しようとはしてこなかった。
ミスリル銀であれば、どんな魔法陣を刻んでも崩壊することはない。だが、土や木に複雑な魔法陣を刻めば崩れてしまうし、石に刻んでもそれほど耐久性は高くない。
水晶であればある程度の魔法陣を受け止められると判明したが、今までは水晶が手に入らなかった。
昨日である。魔女サリーの水晶玉を破壊したままだったことを思い出し、なんとかしなければと考えた途端、水晶を生み出す魔法陣が頭に浮かんだのだ。
水晶の塊を生産することができるとわかってから、ハルヒは魔法陣を刻み続けた。
魔力を流すと傷が治るものから、爆発するもの、低位の魔物を召喚できるものまで作成できた。
問題は、ハルヒ自身であれば、アイテムを使用しなくても出来ることばかりであることと、魔法陣自体をハルヒは解読出来ないため、作成したアイテムの効果を忘れてしまうと、何に使うのかわからなくなることだ。
昨日から作り始めたものなので、まだ混乱するほどの数はない。
ハルヒは部屋の片隅に作成した魔道具ごとに仕分けして、メモを書いて置いておいた。
ハルヒはこの世界の言葉は話せたが、文字は読むことができなかった。メモしたのは、前世の文字である。
もっとも苦心した魔道具に魔力を注ぎ、使用に問題ないことを確認していたところで、部屋の戸口から声をかけられた。
魔王城は3階が最上階で、3階には玉座の間とハルヒが使用する部屋しかないため、間違って入ってくることは考えられない。
「貴様、何者だ?」
戸口にいたのは、魔物仲間から魔王ハルヒの側近だと見なされている、赤鬼族のノエルだった。
「何者って……ああ……これか」
ハルヒは、魔道具に注いでいた魔力を霧散させる。
「ま、魔王様、失礼いたしました」
ノエルが慌てて膝をつく。
「いいのよ。魔道具の実験をしていたのだから。ノエルの目を誤魔化せたということは、実験は成功みたいね」
「先ほどのものは……姿を変える魔道具ですか? しかし……なんのために……」
「役に立つと思うけど?」
「魔王様の尊いお姿を、風体の上がらない貧相な男に見せることがですか?」
「その風体の上がらない貧相な男は、勇者と呼ばれているようよ」
「なんと!」
「人間と同サイズの魔物が使えば、人間の町に行っても人間のふりができるわ。私なら、なおのことね」
「……なるほど。あるいは、勇者が死んだと思わせることも……」
「怖いこと考えるわね。でも、その通りよ。ノエルの用はなに? 遊びに来たのではないのでしょう?」
ノエルは、膝をついた姿勢のまま言った。
「魔王様から探すよう命じられていたドワーフの住処ですが、ヤモリたちが知っていました。谷底に入り口があります」
ドワーフは、優れた金属製品を作ることでこの世界でも知られた、背の低い人型の種族である。妖精の一族ともいわれ、その場合は魔物に分類される。
「……最近、ハーピーを従えに行ったところの近くね。これで、金属製の製品が作れるわ」
「防具……でしょうか。ゴーレムマスターが作成したものをいくつかいただきましたが、人間の弱い皮膚とは違い、我々にはあまり意味がないかもしれません」
「武具だけじゃないわよ。木や石より金属の方が、魔法陣を刻んでも耐性が高いから、複雑で効果的な魔法陣を刻めるのよ。問題は、重くて持ち運びが不便だから実用的じゃないっとことね。でも、金属は薄くなるし、さまざまな道具にもなる。ドワーフがいれば、一気に生活が快適で便利……いえ……戦闘も楽になるわ」
ハルヒが冷蔵庫や洗濯機の製造を夢見ていたとしても、責めることはできないだろう。言い換えたのは、説明が大変だからである。
思った通り、ノエルは大きく感心してくれた。
「ただ問題は、ドワーフは全滅しているかもしれまません」
「どういうこと?」
「最近、その出入り口でドワーフを見かけた者がいないため、ヤモリから直接聞くまでは我々も知りませんでした。ドワーフは地下に住処を作りますので、大型の魔物が住み着いてしまうこともありますので……」
「それはそれで、楽しみじゃない」
ハルヒは指の関節を鳴らし、ノエルは笑いを噛み殺した。




