64 残り69日 勇者、山に挑む
勇者アキヒコは、魔術師ペコ、毒ドワーフギンタとともにザラメ山脈に挑んでいた。
猟師や樵が使用する道があるが、馬車が通るには狭い。だが、クモコだけであれば狭い隙間も通過できる。
クモコには荷物を乗せ、足の短いギンタを跨らせて移動することにした。
山を登る冒険者と思われる姿は確かに見かけた。
アキヒコは、直接冒険者と呼ばれる者たちと話したことはなく、見ただけではわからなかった。ペコが冒険者だと言ったので、そうなのだろうと思う程度だ。
話を聞きたかった。この世界の冒険者というものについても知りたかったし、聖剣の場所も聞きたかった。
冒険者は遠くにはいても、決して近づいてはこなかった。
「ペコ、冒険者というのは、人間の姿をした蜃気楼のようなものなのかな?」
「蜃気楼がなんだか知らないけど、クモコがいれば近づいてこないでしょ」
「なんで?」
「魔物だし、人間が勝てる相手じゃないもの。町を襲えば軍隊が必要になる。勇者であるアキヒコだって、勝てたのは毒ドワーフを使ったからでしょ」
「呼んだか?」
ギンタがクモコの背中から尋ねてきた。ペコが適当にギンタの相手をしている間に、アキヒコはクモコをあらためて眺めまわした。
アキヒコは、勇者だという自覚があるため逃げなかった。そうでなければ、全力で逃げていただろう。
「クモコって、もっと育つのか?」
「ギンタを丸呑みしても、体を壊さない程度にまでは育つはずよ」
つまり、白精霊と呼ばれていた大蛇より巨大に育つということだ。
「そりゃ……逃げるな。仕方ない。聖剣の情報を得るまで、ギンタは別行動だ」
「了解じゃ。クモコが糸を出しながら移動するから、クモコの糸を辿るといい」
「わかった……クモコって、優秀だな」
「当然じゃ」
まるで自分が褒められたように笑いながら、ギンタはクモコを走らせた。
※
ギンタと別れてしばらくして、アキヒコは魔物と戦っている冒険者たちを発見した。
5人のうちすでに3人が倒れている。
「でかいキノコが動いているな」
赤と白の水玉の、いかにも毒キノコらしい、人間の子どもサイズの魔物が人間を追い詰めていた。
「魔物キノッピオね。集まらなければ怖くないけど、あの数はまずいと思う。植物だから、怪我しても平気なのよ。長時間戦うと、毒の胞子を周囲に振りまいて、動物を行動不能にするわ」
「助けられるかな? あの冒険者たちから情報がほしい」
「私たちなら簡単だと思うわ」
「わかった……チャッカマン」
勇者アキヒコが点火の魔術を放つ。すでに小さな火にする技術も身につけたが、この時はあえて巨大な火を灯した。
「ちょっと、山火事になる」
「周囲の胞子を燃やしてからにしようと思ってね」
「あっ……少しは考えているのね」
感心したのか呆れたのか判らないつぶやきを発するペコを残して、アキヒコは雷鳴の剣を抜いて躍り掛かった。
キノッピオは10体以上いるが、アキヒコは一振りで一体を斬り伏せた。体が半分になっても死ななかったが、流石にまともには動けなくなる。
「いつも涼しい風さんたちよ。たまには真空のヤイバとなって切り裂いて。ウインドカッター」
背後からペコの魔術が飛ぶ。アキヒコの周囲のキノッピオが切り刻まれる。
アキヒコとペコの手によって、キノッピオの集団は動かないキノコの残骸へと変わった。
戦闘用の魔法を解禁されたペコの魔法は、確かに威力を増していた。
ペコは嘔吐と排泄の魔術で倒れた冒険者たちを癒し、臭くなったのでアキヒコは消臭の魔術を施しながら、倒れたままの3人を担いで場所を移動した。
ペコが残骸となったキノッピオを運んでくる。
「ちょうどいいわ。キノコパーティーにしましょう」
「食えるのかい?」
「もちろん。美味しいわよ」
ペコの指示でアキヒコが点火の魔術を使用する。その周囲にキノコを並べると、魔物だったキノコが炙られる。
冒険者たちは5人とも息を吹き返し、口々にアキヒコとペコに礼を言った。
「自分たちだけ、ご馳走とはずるいのう」
アキヒコの背後からクモコに乗ったギンタが現れた。匂いに釣られたのだろう。
死にかけた冒険者たちは、主にクモコを見て、本格的な死を意識したのか命乞いを始めた。




