63 残り70日 魔王、王都攻略を命じる
魔王ハルヒは玉座の間にいた。一番広かったからである。
玉座の間にはすでに照明も取り付けられ、ほんのりと明るい。周囲の魔力を吸収して柔らかい光を放つ魔道具を、ハルヒが生成したのだ。
広い玉座の間には、魔女と、カバデールから鬼族を率いて戻ってきたブッシュ・ド・ノエルがいた。
「忌むべき者たちを従えたはいいけど、魔の山に置いておけば不満が溜まるでしょうね。簡単に人間への執着は変えられないでしょうし……人間を不幸にするには人間を使うのに限ると思うから、一番幸福で強い人間に限定して狙うように言っておいたわ。近いうちに王都に行かせようと思うけど、統率する者が必要になるわね」
「確かに、いつ同族同士で殺し合いを初めてもおかしくない者たちです」
ノエルが頷く。忌むべき者たちの中に死鬼という種族もいたが、どうやら一緒にされたくないようなので、ハルヒは指摘しなかった。
「それで、新たに召喚しようというのですな」
魔女がひょひょひょと笑う。
「そう。どんな奴がいいかしら」
「……ダークロードという魔物がおります。地獄の生まれで、魔物たちの統率を得意としますが、波長の合うものたちしか従いません」
「ああ……それにしましょう。ノエル、忌むべき者たちを連れてきて」
「はっ」
赤鬼族のノエルが退出する。
ハルヒは自分の脳に意識を集中させた。
魔法陣が浮かぶ。
玉座の間に展開する。空中ではなく、床に刻まれた。
ノエルに連れられ、昨日配下に加えた、おどろおどろしい者たちが姿を見せる。
「これから、魔王様がダークロードを召喚なさる。お前たちの上官にあたる。瞠目するがよい」
魔女がいきり立つ。忌むべき者たちからの反応はない。同意したものとみなし、ハルヒは魔法陣に魔力を注ぐ。
魔法陣が明滅し、中央から、闇が染み出した。
「来るわ」
闇が滲み出た中央の場所に、床からゆっくりとせり上がってきた者がいた。
真っ黒い肌に、黒塗りの鎧姿だった。
全身が現れる。
「余を呼ぶ者のは、誰ぞ」
「私よ」
ダークロードの目が開く。ハルヒの目と合った。
ダークロードがゆっくりと膝を折る。
「光栄にございます。魔王様」
「魔物たちが、いつも初見で私を魔王と認識するのだけは、まだ慣れないわね。いいわ……ダークロード、そこにいる者たちをお前に与える。奴らを引き連れて、王都に向かいなさい」
ハルヒの言葉に、忌むべき者たちがどよめく。普通の魔物たちのように可愛らしく声を出すわけではない。百鬼夜行に出くわしたかと思えるような光景だったが、魔物たちが喜んでいるのはわかった。
「王都を……制圧しますか?」
「王とその眷属を狙いなさい。そのために、王都全体を巻き込むこともあるでしょう。ただし、人間を直接殺すのは禁じるわ。どうせ、人間たちは勝手に殺し合うのだから」
「心得ました」
ダークロードが楽しげに口の端を吊り上げた。ハルヒは、自分の意図が正確に伝わっていると理解した。
「では、後は任せるわね。定期的に連絡するわ。私には、その手段がある」
ダークロードは立ち上がり、深く腰を曲げた。
闇を纏い、忌むべき者たちを引き連れて玉座の間を退出した。
※
残ったノエルが尋ねる。
「魔王様、次は港町ラーファではなかったのですか?」
「昨日……ラーファの領主と話したわ」
「水盆ですな」
魔女が指摘すると、ハルヒは頷いた。
「今後の領主の態度にもよるけど……ラーファは戦端を開かなくても私に下るわ。王都を落とせば間違いなくそうなるでしょうね。そのラーファを混乱させる必要はないし、そうなると、あいつらの使い所がなくなるのよ」
「忌むべき者たちですな……あれだけの者たちが住み着けば、人間の町はいずれ死に絶えるでしょうが」
「魔の山は平気なの?」
「聖域だった魔の山を、魔物の住処に変えたのは奴らです。お陰で、私たちも利用させてもらっていますが」
ノエルが言った。忌むべき者たちは、存在しているだけで影響があるようだ。
「奴らの使いどころは、いずれ考えなければならないでしょうね。でも、今はいいわ」
ハルヒは、再び自分の脳に意識を集中させた。
空中に、脳に浮かんだ魔法陣を展開させる。
魔法陣の中から、丸い玉が出現した。
ハルヒの手に落ちる。
「サリー、私が壊した水晶玉の代わり。使える?」
「はっ……ひょひょひょひょひょ。魔王様、光栄にございます。先ほどのダークロードの召喚でもお疲れのご様子もなく、また力をあげられたようですな」
「そうかもしれないわね。ダークロードたちが王都に着くのに、どれぐらいかかるかしら」
「休憩等が必要ない者たちですので……通常の三分の一、10日もあれば十分でしょう」
「そう……問題なのは……やはり勇者か……」
ハルヒは、自然に左手の薬指に視線を落としていた。




