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61 残り71日 魔王、座して支配する

 魔王ハルヒは、自室で地図と水盆を利用して、港町ラーファの様子を探っていた。

 もはや日課となっている。実際、他にすることもなかったのだ。

 望めば大概のことは魔物たちがなんとかしてくれる。心配なのは平原の町カバデールに残して来た配下の魔物たちだが、今のところ攻めてこられている様子はない。


「魔王様、魔の山に巣食う最も忌むべき者たちが、ご挨拶したいと申しておりますが」


 ハルヒがラーファのどこかと繋がったと判断した時、ちょうど戸口に魔女が姿を見せた。昨日サリーという名前を授けている。


「忌むべき者たち? 同じ魔物でしょ?」

「はい。魔物なのは間違いありません」

「なら、同じよ。どうして今頃?」


「突如現れた魔王様のことを信用できなかったのでしょう。忌むべき者たちは、魔物たちにすら忌み嫌われてきた者たちですので」

「ふん……直接話を聞くわ。連れてきて」


「魔王様の部屋にですか? よろしいのですか?」

「……汚いの?」

「いえ。そういうわけではありませんが……」


 見た目が汚いという意味では、魔女以上の者などいないだろうと思いながら、ハルヒは再び連れて来るように命じた。

 ミスリル銀の水盆を部屋の隅に移動させた。どこかと繋がったはずだが、逆側から覗かれたところで困るものではないだろうと、そのままにしておいた。


 魔女の言う、忌むべき者たちが入ってきた。

 やつれた女の顔をもつ巨大な女郎蜘蛛、死肉を専門に食らう死鬼、死を呼び寄せる骸骨の騎士デュラハン、怨念が実体化したディメンターなどである。いずれも一体だけなのは、各種族の代表者たちなのだろう。

 魔王ハルヒは椅子に腰掛け、堂々と脚を組んだ。


「頭が高いんじゃない?」


 ハルヒが言うと、一斉に平伏した。床に頭を擦り付けるほどに這いつくばった。


「私に会いたいって?」

「は、はい。我らが力を、どうか魔王様にお役立ていただきたく……」


 魔王ハルヒは、這いつくばる者たちを睥睨した。魔女が言うように、確かに嫌われるだろう。

 だが、それは人間の基準に照らせばそうなるというものだ。


「私が人間の町を支配したから?」

「はっ。確かに……それもございます」

「あなたたちは、人間をどうしたいの?」

「人間に恐怖と絶望を」


 代表して話していたのは、主にデュラハンだ。外見は騎士の姿をした亡霊である。人間に恨みでもあるのだろう。


「私は、人間に恐怖を植え付けたいとも、絶望させたいとも考えてはいないわ」

「しかし……人間の町を支配されたのではありませんか?」


「人間はね……同じ人間に恐怖を与え、絶望させるのが好きなのよ。そんなくだらないことは、人間たちに任せておけばいい。せっかく魔物として生まれついた貴方達が、人間という存在に囚われているのが残念だわ」


 集まった忌むべき魔物たちは、互いに顔を見交わした。


「つまり……貴方達はこれから、私が人間たちをひどい目に合わせると思っているのね。だから、私の後ろ盾を得て、堂々と人間を苦しめたいと思ったわけね?」

「はっ、はい……その通りです」


「その考え方自体、とても人間的だわ。はっきり言うわね。貴方達のことを、魔女は『忌むべき者たち』だと呼んだ。私は別にそうは思わなかったけど、お前たちは人間にこだわりすぎる。真に忌むべきは人間そのものよ。お前たちが人間への執着を無くして、私に恭順するというのなら……待遇も考えなくもないわ。ただし……人間に執着するなというのも……例外はあるけどね」


 ハルヒは思い出した。勇者アキヒコは、まさに人間の身でハルヒを苦しめている。ハルヒを苦しめるアキヒコの相手は、もっとも恵まれた人間なのだ。


「例外とは……」

「王族……領主……権力者……そういった、人間の中でも強い力を持つものを絶望させる。そのために働きたいというのなら……私個人としても歓迎したいわね。それ以外の仕事は、どんな雑用でも厭わないこと。私に仕えたいというのなら、それが条件よ」

「承知いたしました」


 デュラハンを筆頭に、魔物たちが最敬礼をしてから部屋を出る。

 1人、魔王ハルヒが残った。自室だからである。


「やれやれ……人間臭い魔物なんて、ただの人間と同じね」


 言いながら、精神的な疲れを感じたハルヒは、ミスリル銀の水盆を片付けようとした。

 その中に、知らない男が写っていることに気づいた。


「ああ……どこかと繋がったのだったわ。忘れていた」

『ど、どうか……どうか私と家族の命はだけは……いや、絶望は……お許しを……』


 水盆の中で、神経質そうな男が手を組み合わせてひれ伏した。


「さっきの話……聞かれていたのね。貴方は誰?」

『港町ラーファの領主です』

「ああ……勝ち組の人間ね。さっきこの部屋にいた者たちを見たの?」


『は、はい。ど、どうか……お助けを……』

「港町ラーファは、カバデールに攻めて来ようとしているという噂だけど?」

『め、めっそうもございません。私は、魔王様に逆らうなどとは、これっぽっちも考えておりません』


「いいのよ。攻めてきても」

『……へっ?』

「人間の死体はたくさん欲しい。それが、敵でも味方でもね。ただし、戦争を仕掛けたきたとなれば、潰すわ」

『ひっ……』


「だから……いらない人間を消しかけて、カバデールによこしなさい。魔物たちの訓練になるし、死ねば利用方法はいくらでもある。私に従うなら、見返りぐらい用意するわ。無償で奉仕されるほど、気持ち悪いことはないもの。貴方の部屋は覚えた。時々、覗かせてもらうわよ」


 ラーファの領主が顔を真っ青にして頷いた。

 ハルヒは水盆の接続を切った。再び地図に目を落とす。港町ラーファをこれからどうするか。

 ハルヒの口元に、笑みが浮かんでいた。

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