59 残り72日 魔王、目撃する
鳥人間ハーピーの群れは、全体で50頭にも及んだ。その全てを配下に加え、魔王ハルヒは自室で地図とミスリル銀の水盆に向き合っていた。
そばに魔女とドレス兎のコーデが控えている。
かつて、同じ方法で王都の庭園から王城を覗き見たこともある。
それよりは近い。ハルヒが支配している平原町カバデールを奪い返そうとしている港町ラーファを監視するためだ。
港町ラーファは、その肩書きの通り港があり、海に面している。大量の水が近くにあるためいくらでも覗けそうだが、実際には海の水面が完全に凪いでいることは少なく、平面がなければ覗く事はできなかった。
「断片的にしか見ることはできないけど……兵士の数が多いわね。やはり、カバデールに攻め込もうとしているのかしら?」
「魔王様、少し位置をずらしてみてはいかがでしょう?」
様子を見ていた魔女が忠告する。
「どうして?」
「カバデールを攻める連中なら、町の中にはいないんじゃないか?」
コーデが、ハルヒが生けた花の葉を食べながら言った。
「……そうかもしれないわね。じゃあ南に……あっ……と。逆だったわ……」
ハルヒは言葉を失った。
ミスリル銀の水盆に映っていたのは、勇者アキヒコと、魔術師ペコだった。
「ま、魔王様……お、落ち着いてくれよ」
かつて、ロンディーニャという王女がアキヒコの前に立ちはだかっただけで激昂し、結果としてハルヒは魔力だけで魔女の水晶球を割った。コーデはそれを思い出したのか、慌ててなだめようとした。
「コーデ、落ち着け。この水盆は、魔力を流されて壊れることなどない。むしろ、大量の魔力が流れ込めば力を増すじゃろう」
魔女も、ハルヒが再び激怒すると思っているようだ。だが、ハルヒは自分でも意外なほど冷静だった。
「魔女」
「ははっ」
「この映像……記録できる?」
「その方法なら、魔王様がご存知です」
「……なるほど」
魔王ハルヒは頭に浮かび上がった魔法陣を、置いてあった木の皿に刻んだ。たったいま、ミスリル銀の水盆に映っていた映像を記録させた。
「そんなもの、どうするんだい?」
「持って帰るのよ。いずれ……動かぬ証拠とするためにね」
ハルヒは言うと、映像を記録した木の皿を懐に入れ、ミスリル銀の水盆に向き直った。
「……声も聞こえるわね。私は……いったいどこから覗いているのかしら?」
魔女が水盆を凝視する。ミスリル銀の水盆は、遠隔地にある水面や磨かれた金属から双方向で情報を得ることができる。
位置のコントロールは魔法を使用する者の勘でしかないはずで、ハルヒがやったようにはるか遠くの映像を狙って見る事は、通常不可能とされていた。
「ふむ……鮮明ですな。あちら側も、魔法を使用したアイテムである可能性があります」
魔女が言うには、ハルヒはアキヒコ側にある魔法のアイテムから覗いているらしい。
「……どんなアイテムかわかる?」
「この映像だけでは、正確にはわかりません。ただ……噂ですが、王家の宝物庫には、絆のある相手と無作為に繋がる『愁いの写し』なる魔道具があるとか。位置のコントロールが必要ない分、水盆より使い勝手はいいかもしれませんな」
「……ああ。そうだったのね……それで……か。どうしてかしらね。虫酸が走るわ」
ハルヒは、魔の山に戻る途中で、アキヒコの顔を見たことを思い出した。
アキヒコは、絆のある相手との通信手段を手に入れているらしい。
ハルヒは、自分の左手の薬指を見た。
右手の指でつまんだ。
力を込めようとして、思いとどまった。
「魔王様、顔色が悪いぜ」
「なんでもないわ。ちょっと……がっかりしたかもね。魔女……名を与えるわ。これからは、サリーと名乗るといいわ」
「はっ……ありがとうございます。しかし、突然ですな」
「なんでもないわ。普段の貢献への例よ。それと、以前水晶玉で見た映像を再現する方法があるかしら?」
「それでしたら……魔王様がご存知です」
名前をもらった魔女サリーは、醜い顔でにたりと笑った。
ハルヒは再び、自分の頭の中に意識を向けた。




