58 残り72日 勇者、口説かれる
思ったより簡単に三頭のペガサスを従魔にすることができたが、勇者アキヒコと仲間たちの相談の結果、ペガサスは空を飛ぶ必要がある時まで呼ばないことになった。
クモコを放置して野性化すると、放たれた場所を縄張りにして大きな被害を出しかねないし、ギンタはクモコが魔物として討伐されることを心配して譲らなかった。
結局クモコに馬車を曳かせて旅を続行し、港町ラーファまであと1日という場所で、宿場町にたどり着いた。
町というほどの規模はないが、10棟ほどの建物がある町道沿いの集落である。
建物の半分が宿屋なので、勇者アキヒコは手近な宿に馬車を向かわせ、阿鼻叫喚を引き起こした。
「なんだ? どうした?」
アキヒコは、宿屋の入り口で馬車をとめた。
その直後の出来事である。
「ま、魔物!」
「冒険者を呼べ!」
「ギャアァッ!」
「アキヒコ、クモコを人の集落に連れて行くのは無理だわ」
周りがさわぐので、煽られたクモコも踊るように前脚を振り回している。
威嚇しているようにしか見えないとは、クモコ本人は知らないことである。
「あ……そうか。ラーファに入る前に、宿屋でのんびりしたかったけどな」
「仕方ないわね」
アキヒコとペコが宿屋に背を向け用としたところで、毒ドワーフのギンタが口を挟んだ。
「わしは、人間の宿など好かん。クモコと外におるわい。お前さんら、2人で寛いでくるといい」
言うと、既に2人が下りた状態で、クモコに方向転換を命じていた。
「ギンタは、本当にいいのか? ギンタも大事な仲間なんだぞ」
「うむ……当然じゃ。クモコもな」
ギンタは笑いながらクモコを早駆けさせた。
「じゃあ、お言葉に甘えましょうか」
ペコは言うと、アキヒコの手を引いて宿泊の手続きを始めた。
※
部屋に通され、アキヒコは戸惑った。
「ふ、2人部屋じゃないか」
「当然でしょ2人なんだから」
ペコは動揺していなかった。宿泊の手続きをするときに知っていたのだ。
「1人部屋を二つというわけにはいかないのかい?」
ペコは頬を膨らめた。ロンディーニャ姫のような派手やかさはなくとも、妙齢の女性なのだ。
「王様がくれた資金は、税金なのよ。無駄遣いは厳禁。それに1人部屋なんて、よほどの高級宿じゃなきゃないよ。わたしが一緒だと、不都合でもあるの?」
「不都合というか、まずいだろ?」
アキヒコは新婚旅行中に異世界に転移した。つまり、結婚している。しかも、王女と関係してしまったという負い目もある。
ペコは、ぴったりと二つ寄せられたベットに腰掛けた。
「私が行方不明になっても、アキヒコは探してくれないんだ」
「そんなはずがないだろう。ペコは大事な仲間だ。必死に探すさ」
「でも、わざと見つからないように探して、仕方なかったって諦めるんでしょ?」
「どうして、そんな事しなきゃならないんだい?」
「愁いの写しで、私やギンタが出てきたことある?」
「いや、無いけど……それは、探す必要もないし……」
既に繰り返し使用している。ペコが言う通り、ペコやギンタが映し出されたことはない。
「あのアイテムは、絆の強い相手を無作為に呼び出すって知っているでしょ。でも、出てくるのはロンディーニャ姫ばかり。私は……満足に戦う力もないのに勇者への同行を命じられて……アキヒコの為に危険な目に何度もあっているのよね」
「それは……ごめん」
「もし、アキヒコと逸れて、死ぬかもしれないって目にあったとき……アキヒコが助けに来てくれるかもって……信じちゃいけない?」
「そんな事はない。必ず全力で探し出すよ」
「なら、せめて私が、愁いの写しに呼び出されるぐらいまで……アキヒコとの絆が欲しい」
アキヒコは、愁いの写しを取り出した。いままでは、高確率でロンディーニャが出てきた。
ハルヒが一度だけ出て来たが、他の誰も映った事はない。
アキヒコは愁いの写しを使わなかった。ペコに言われて、気になっただけだ。
魔術師ペコは、既にかけがえのない仲間になっている。
「何があっても、絶対に助けに行くよ。きっと探し出す」
「……うん」
魔術師ペコは、アキヒコとの絆をより強くする為に、体を寄せた。




