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57 残り73日 魔王、ハーピーを従える

 魔王ハルヒは、ハーピーが巣食うという崖地に来ていた。

 切り立った崖に岩場がむき出しになっており、天然の凹凸にところどろこ木が生えている。

 魔女はやはり留守番し、食べられかけたことがあるというドレス兎は、珍しくついてこなかった。


 付き従ったのは、影の一族と呼ばれる人間大のヤモリの魔物だ。

 垂直な壁を苦もなく移動することから、城の建造では高所の作業を行なっていた。


「あれがそう?」


 崖地の上に立ったハルヒは、茶色い翼がうごめいている一画を指差した。


「……そうですね。近づきますか?」


 よく見ると、無数の茶色い翼が突き出た岩場で群れているのがわかる。

 何かを漁っているのだろう。


「あれを」

「はっ」


 巨大なヤモリたちが、ハルヒよりも大きなイノシシの死骸を運んで来た。大きいが、二足では歩けないただのイノシシである。

 すでに腐りかけている。ハーピーは死肉を好むというので、あえて腐ったものを選んだのだ。


 要は、餌付けのためである。

 ハルヒはイノシシの死骸を持つことになんら抵抗を感じないことを不思議に思いながらも、崖地に踏み出した。


 ハルヒの足の裏を、ヤモリの魔物が体で受け止める。

 次の脚を踏み出す。その位置にも、ハルヒの体を支えるためにヤモリが体を張った。

 ヤモリの魔物は20体ほど従っている。足場としては十分だ。


 実際のところ、ハルヒは魔法陣で空気を固定する方法があることを知っていた。やろうとして、頭に浮かんだ魔法陣があったからである。

 崖地に一時的な階段を作ることもできる。ただ、それではついて来たヤモリ達の活躍の場がなくなってしまう。


 あえて、ハルヒはヤモリたちに足場となることを命じ、ヤモリたちは喜んで従ったのだ。

 ハルヒが近づくと、わらわらと騒いでいたハーピーが一斉に顔をあげた。


 翼は鷹に似ている。だが、顔は人間だ。頭部から胸元までが人間だ。ただし、それ以外はワシである。

 頭部は人間だが、口には牙が並び、目は虚ろな印象を与える。髪は伸び放題だ。決して、美しいとか可愛いと呼べる種族ではない。


「誰だ?」「誰だ?」「誰だ?」


 同じ問いを一斉に口に出し、言葉を繰り返す。

 ハルヒは片手で背後に担いでいたイノシシの屍骸を前に出した。


「餌?」「飯?」「くれる?」


 今度は語彙が増えた。だが、一斉に話す。ハルヒが肉を持った手を背後に戻すと、ハーピーの声が落胆に変わった。


「よこせ!」「よこせ!」「よこせ!」

「私は魔王ハルヒ、私に従うのならくれてやる」


 ハーピーたちは顔をみかわした。これまでの反応とは違う。決められないのだと、ハルヒは感じた。


「お前たちの長を呼べ」

「わた、わた、我だ」


 カクカクとした話し方で、群がっていたハーピーたちがいる岩場の奥にあったらしい窪みから、他のハーピーよりふた回り大きく、くすんだ色の個体が出てきた。


「では丁度いい。お前たちの一族を、我が配下として迎えよう」

「ど、ど、どうして……し、したが、従う理由がある?」

「私は、お前たちより強い」

「な、な、ならば……やれ」


 長の命令は特別な意味を持つのか、ハーピーたちは一斉に飛び上がり、ハルヒに襲いかかった。岩場にいたものたちだけではない。背後から、上下から、近くに隠れていたハーピーたちが飛び出してきた。


「やっぱり、こうなるのね」


 ハルヒは、あらかじめ用意していた魔法陣を空中に映し出した。

 突風が吹き荒ぶ。

 ハーピーは飛ぶことができるが、鳥よりも達者というわけではない。突然の横風には特に弱い。

 ハルヒが生み出した旋風に、簡単に吹き散らかされた。


「よ、よ、よくも……」


 唯一飛んでいなかったハーピーの長が飛び上がる。ハルヒは、担いでいたイノシシの死骸で殴り倒した。

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