56 残り73日 勇者、ペガサスを従える
クモコを従えたのは勇者アキヒコだが、特に毒ドワーフのギンタにはよく懐いていた。実際にクモコに死にかけるほどのダメージを与えたのはギンタであることもあるだろう。あるいは、毒ドワーフという特性上、まだ美味しそうに思っているのかもしれない。
クモコとの意思疎通は完全とはいかないが、強靭な顎に馬車の一部をくわえさせ、引っ張らせることに成功した。
勇者アキヒコ、魔術師ペコ、毒ドワーフギンタを乗せて、クモコは平原を疾走した。
クモコの移動速度は、蜘蛛並みだった。つまり、蜘蛛の素早さでただ体を巨大にしたような移動速度である。
馬よりも遥かに早く、少量の餌で長時間走り続けることができた。
王都から港町ラーファまでは、地形に沿って街道が整備されている。クモコは街道に沿って凄まじい速度で移動した。
クモコだけであればどんな地形でも無関係に突進できた。森の中でも山岳地帯でもまっすぐに進めるが、牽いている馬車が壊れないよう、街道沿いに走るよう御者を努めるギンタが誘導したのである。
王都から港町ラーファまでは、徒歩なら10日はかかる。
魔術師ペコの見立てでは、クモコの足なら3日程度しかかからないはずだった。
道中、見晴らしのいい草原の一部で、ペコがギンタに止めるよう言った。
「ちょっと休憩」
ペコが馬車から降りる。アキヒコは降りなかった。
「どうしたの?」
「トイレだろう? 見ちゃ悪いと思って」
馬車の中から降りてこない勇者にむかって、ペコが尋ね、アキヒコは戸惑いながら答えた。
「あ……今はそっちじゃないわ。降りていいわよ。ギンタは、クモコをちょっと遠くに置いてきて。せっかくだから、試してみるわ」
「試すって……ああ、ペガサスかい?」
魔術師ペコが東を指差した。
それほど遠くない場所に、白精霊の森のこんもりした姿が見える。その背後にそびえるのが、ペガサスの巣だという高台だ。
「そう。ペガサスが住処を出てくることはほとんどないけど……これを使えば別よ」
ペコは、道具の中から細長く赤茶けた植物の根を取り出した。
「人参か?」
「よく知っているわね。高麗人参って言って、高級品わ。燃えるものをそばに置いて……チャッカマン」
素早くペコが高麗人参を炙る。
「風を高台まで流す必要があるわ」
高麗人参は炙られ、火がついて煙が上がる。
「アキヒコ、今から風の魔術を使うわ。覚えて置いてね」
「実践以外では、教えてくれないものな」
「いつも1発でやられるから、教えたくないのよ。世界を覆うもっとも巨大な力の一端よ、火照った体に清涼を与えよ。センプウキ」
ペコが天高く上空に向かって魔術を放つ。
「よくわからないな」
「高いところで使ったからね。空気は見えないもの。アキヒコもやってみなさいよ」
「わかった……センプウキ」
上空で風が生じているのだろう。だが、目にはわからない。
「……失敗かな?」
「すぐに分かるわ」
ペコの言った通りだった。
高台から、白い翼を持ったなにかが近づいてくる。
それが、翼を持った馬だと分かるまで、時間がかかった。
「アキヒコ、ペガサスよ。持っていて……意外に多いわね。三等分して」
ペコはアキヒコに燃えた高麗人参を投げ渡す。東の高台から、ペガサスと思われる馬が3頭迫ってきていたのだ。
アキヒコは火を消し、手で3つに千切った。
その時、目の前にペガサスが降り立った。
皆白い。白い馬である。翼がある。体は小さい。それほど、力も強いとは思えない。人間を乗せれば、飛べないのではないかと思えた。
「アキヒコ、餌を投げて。その間に、拘束の魔法を使う。私の魔力では、一頭が限度よ」
「わかった」
アキヒコが3等分した人参を、3頭に放った。
「偉大なる大地よ。たまにねっちょりするといい。チューインガム」
先頭にいたペガサスが、怒ったように嘶いた。前足が動かなくなったらしい。
「アキヒコ!」
「わかった。チューインガム」
地面に向けて魔力を放つ。ペガサス3頭の四肢が、蹄の裏で大地に縫い付けられた。
「魔術を維持して。その間に、従魔の首輪を」
「わかった……だけど、脚が動かないだけで僕に従うかい?」
「大丈夫でしょ。動けなくなることは、大抵の動物には致命的だもの」
ペコの言った通りだった。アキヒコが従魔の首輪を取り出すと、3頭のペガサスは諦めたように頭を下げた。




