55 残り74日 魔王、鳥人間を知る
魔王城は、まだ石や木材を積み上げただけのため風通しがよく、内装は岩が突き出て歩きにくかった。
隙間に泥や木片、小石を詰めるように命じ、ハルヒは最上階である3階に設置すると決めた魔王の玉座が出来上がっているのを確認し、腰掛けた。
「お帰りなさいませ、魔王様」
留守を任せた魔女を筆頭に、建築に携わっていた力のある獣たちや、平原での戦いに向かない魔物たちが玉座の間に居並んでいた。
「私の留守中、よくやってくれたようね」
「もったいないお言葉でございます。おひょひょひょひょ」
醜く老いた魔女が、奇妙な声で笑う。
「人間の町、カバデールはすでに制圧したわ」
「流石魔王様でございます」
玉座の間を埋める魔物たちが、歓声をあげる。
「しかも、ほとんど無傷だぜ」
流石に玉座の足元に降りていた、ドレス兎のコーデが胸を張った。
昨日の沼地では、巨大な亀を恐れてハルヒの服の中に逃げ込んでいたとは思えない、大きな態度だった。
「ほとんどとは失礼ね。町には傷一つつけていないわ」
魔物たちの歓声が、どよめきに変った。静かになったのを見計らい、ハルヒは告げる。
「魔の山の魔王城が本拠地ではあるけれど、人間たちは町を取り戻そうとするでしょう。今後は、港町のラーファとかいう町との戦いになる。誰か、何かあの町のことを知らないかしら?」
魔物たちは、生まれた場所で生存さえすればいいという気性の者が多く、広く世間を知る努力をする者は少ない。
やはり、声をあげたのは魔女だった。
「ラーファといえば、ザラメ山地の北の町ですな」
「……そんな名前の山かどうかは忘れたけど、多分それよ」
「山の上から攻められると、上から襲う敵と戦わねばならなくなり、不利かもしれません。空を飛ぶ魔物を配下に加えるのはいかがでしょう」
「ふむ……たしかに、魔女の言う通りだわ。それに、カバデールで飛ぶ魔物の背に乗った人間を見たような気がしたのよ。魔の山でも、まだ私が知らない魔物たちがいっぱいいるみたいだしね。飛べる子たち、どこかにいる?」
「魔王城の少し下の崖地が、ハーピーどもの巣になっております。そいつらを従えてはいかがでしょう」
「なるほど、ハーピーね。つまり……そいつらは空を飛べるのね?」
ハルヒは、ハーピーを知らなかった。
「もちろんです。ほとんど鳥といっていい魔物たちです」
「……ただの鳥では困るわよ」
鳥の姿をした魔物であれば、知能はそれなりにあるだろう。
「頭部は人間に似ています」
「ただの鳥の方が役に立つんじゃないか?」
コーデがハルヒの足元で唸った。
「ハーピーを知っているの?」
「まあ……何度か食われそうになったな。おいらの自慢のハイキックで撃退したけどよ」
「兎のキックで撃退できる魔物ってことは、強さは期待できないわね」
「言葉はかわせますぞ。単純なものでしたら、ですが」
魔女は不安そうに言った。今までハルヒの元に姿を見せていない魔物は、特殊な条件下でなければ姿を表さないか、魔王とは距離を取ろうとしているか、何も考えていないかだ。
ハルヒは魔女の表情から、おそらくハーピーは、考えることがない種類の魔物なのだと判断した。
「つまり……使い方次第というわけね。空を飛べる戦力は貴重だし、従えて困りはしないでしょう。それで……従えるのに、作戦はある?」
「魔王様が力をお示しになれば十分かと」
「わかった。出かけるわ。付いてきたい者は付いてきてもいい。ただし、ついてこられなければ置いていくわよ」
魔物たちが一斉に平伏した。




