53 残り75日 魔王、絆を知る
ユニコーンに跨り、魔王ハルヒは建築中の魔王城に向かった。
町から出ると、周囲の土地は耕された広大な農地になっていた。
休みを必要としないゴブリンとオークのゾンビに、追加で作り出した人間たちのゾンビやスケルトンが、延々と農作業を続けた結果である。
ただし、ただ耕したというだけで、作物はまだ植えていない。タネを蒔くように指導もしたが、まだ芽を出していない。
耕しただけの広大な土地が延々と続いている。
時々黒い鳥が群がっていたが、ハルヒが命じたように、損傷の激しいゾンビを死体に戻して肥料にした結果なのだろう。
戦場となった場所の多くが耕作地となっていたが、その間をユニコーンを駆って走り抜け、ハルヒは沼の中に沈む巨大な亀を見つけた。
「人間臭いねー」
沼の中から、亀が頭を持ち上げる。
巨大な頭部は、ハルヒの身長ほどもある。頭部にふさわしい体が沼に沈んでいるのであれば、全体の大きさはブラックドラゴンを凌ぐかもしれない。
「人間臭い……ね。それは、褒め言葉と受け取ったらいいのかしら?」
「これは……魔王様ではございませんか。この年寄りに、なにか御用でしょうか」
「いえ。通りがかっただけよ。沼から出られない者に用はないわ」
「もったいないお言葉……さて、確かに先程、人間の臭いがしたのですが……」
年老いた亀の巨大な頭部が、水面を波立たせる。
ユニコーンは沼の上に立っていた。
進軍の時にも、ユニコーンは水面の上を駆けた。
ゴブリンたちが泳ぎ、ゴーレムが水の底を行進したのは、ハルヒは知らないことだ。
「……人間臭いか……私のことなのかしらね……」
年老いた亀には聞こえなかったが、ユニコーンはヒヒンと嘶いた。
強烈な否定に聞こえ、ハルヒは喜んでいいのかどうかわからなかった。
以前にいた世界では、間違いなく人間だったのだ。この世界に来て、姿が変わったわけではない。
だが、魔物たちは確実にハルヒを魔王と認識する。町娘の服に着替えれば、人間に化けることもできた。
理由はわからない。
ユニコーンのように水面に立てる自信はなかったハルヒは、沼を渡りきったところでユニコーンを降りた。
喉が乾いたのだ。
手の中に沼の水を掬う。
綺麗な水が飲みたかった。
頭に浮かんだ魔法文字を、両手で作ったお椀の中で再現した。
たちまち、水が浄化される。
たまたまだった。
水の中に、勇者アキヒコの真剣な表情が浮かんだ。
「……アキヒコ?」
『ハルヒ? ハルヒか?』
ハルヒは、手の中に作った水たまりを睨みつける。アキヒコが笑った。ぎこちなく、以前の世界でよく見た、ハルヒが好きになった笑顔を見せた。
ハルヒは、重ねた両手をゆっくりと開いた。
水が滴り落ちる。
勇者アキヒコは消えた。
「……人間臭いか……どうやら、年寄りの亀が言うことも、あながち間違いではないのかもしれないわね」
ハルヒが振り向くと、ユニコーンはやや気圧されたように後ずさった。
「大丈夫よ。私は汚されないわ」
ユニコーンは迷ったようにハルヒを見つめ、ゆっくりと脚を折った。
ハルヒは再びユニコーンに跨り、魔の山を登った。
深い木々の中を軽やかに駆け、建設中だった魔法城のある場所にたどり着いた。
留守番していた魔物たちが頑張ったのだろう。魔王城は、外側だけであれば、8割型が出来上がっていた。
ハルヒは気づいていた。左手の薬指はまだ、将来を誓い、アキヒコがはめた指輪で飾られていた。




