51 残り76日 魔王、平原の町カバデールの守りを固める
魔王ハルヒは、魔の山に帰還すると告げた。
「城も作りかけだし、魔女を置いてきてしまったのは痛いわ。魔法でどんなことができるのかを知れば、私は魔法陣を頭に思い浮かべることができるけど……そもそも何ができそうかがわからないのよ。人間たちが攻めてくるというのなら、魔女を手元に置いておきたいわね」
「カバデールはどうするんだい?」
元領主の執務室で、机の上に登ることが許されている唯一の配下、ドレス兎のコーデが尋ねた。
執務室の中には、いつもの幹部たちが揃っていた。
「テガとネクロマンサーを残していくわ。昨日見た空飛ぶ魔物……もし人間が背中に乗っていたとしたら、数日のうちには攻めてくるかもしれない。魔の山にも飛ぶことが得意な魔物はいるはずよ。従わせる必要があるわね」
現在、魔王軍は襲撃されることを想定していない。
カバデールの北にそびえるザラメ山地にも、回り込む道にも、見張りは配置していない。
人間の軍に攻め込まれても、迎え撃てる算段でいるのだ。
「もし人間たちが攻めてきた場合、戦ってもよろしいですか?」
カバデールとの戦いでは、人間相手には全く戦っていない。そのことをテガは気にしているようだ。
「ええ。攻めてくる人間たちに容赦は必要ないわ。テガ、動作と知能を与えない造形だけなら、1日にどれぐらいいける?」
「拙者も召喚された直後より力は増しております。造形だけでよければ、人型でしたら1日に1000体はいけるでしょう」
「凄いわね。なら……突如攻めてこられるとすれば町の北側からでしょう。攻めてこられることを想定して、町の北側に造形だけの軍隊を並べなさい」
「ただの案山子ですが」
「それでいいのよ。相手を警戒させればいい。その中に10体に一体……あるいは100体に一体でもいいわ。本物のゴーレムを混ぜて、人間たちが案山子だと油断したところを襲わせなさい。それだけて、かなり足止めできるわ」
「なるほど……さすがは魔王様」
「びっくりだなあ」
ノエルとチェリーがハルヒの作戦を褒める。チェリーは長い鉤爪で、あいかわらず腹を掻いている。
「それからネクロマンサー、ゾンビの数はどう? 順調に増えているかしら?」
相変わらず、ネクロマンサーの肉体は死んだゴブリンである。フードをすっぽりと被っているため、小男に見えるだろう。
「はい。この町は土葬が一般的なようです。墓は全て暴きました。新たに生じた死体は、全てゾンビとしています」
「どのぐらいいるの?」
「骨だけになったスケルトンが10000、まだ比較的肉がついているゾンビが2000といったところでしょう」
「以前聞いたことがあったわね。ネクロマンサーの力は、ゴーレムマスターとは逆に、力を使うほど強い魔物を生み出せる……だったかしら?」
「正確には、アンデッド系の魔物の数が増えるほど、より強力な個体を生み出しやすくなります。そろそろ、毒ゾンビと呼ばれるグールを生み出せるでしょう」
「なるほど……吸血鬼やリッチというのは、まだまだ先なのね」
「残念ながら。戦いとなった時には、ゾンビたちも戦わせますか?」
ゾンビの運動能力は低くない。だが、肉が腐っているので打たれ弱い。今までは、農作業や荒廃地の開拓といった力仕事を中心に活躍して来た。
「駄目ね……訓練をした兵士に素手で立ち向かっても、無駄に数を減らすわ。攻めてきたら……いえ、動きの良いゾンビは、街中に潜ませて。路地に隠して、他所者に襲い掛かるようにして。戦いになってゴーレムが突破された後、影に忍んで不意を突けるようにね。殺した兵士の死体も、無駄にしないでね」
「仰せのままに」
ネクロマンサーは、低い頭をさらに低くする。
「チェリーたちは町に残って、まだ奴隷になっている獣人たちの保護と、解放された獣人の面倒をみてやって。人間たちが大人しく引き下がるとは思えない。ノエルたちは、魔の山に向かって移動して。私が魔の山に滞在しない場合、途中で引き返すことになるかもしれないけどね」
「おいらは?」
ドレス兎のコーデが、自分の顔を前足で指した。
「ユニコーンなら、魔の山まで1日で行ける。話し相手ぐらいは必要よ」
「了解。任せてくれ」
兎が短い前足で、ふさふさの胸を叩いた。




