49 残り77日 魔王、奴隷解放を宣言する
奴隷商人が扱っている獣人の数は多く、衰弱して売り物にならない者を含めて、150人にも及んだ。
衰弱した者には最低限の食事しか与えられず、回復しないと判断されれば殺されるのだ。
魔王ハルヒは全員を元領主の屋敷に運ばせたが、室内に入りきらないと判断し、領主の屋敷の庭園に獣人を並べた。
魔王ハルヒはあえて、椅子として赤鬼ノエルを指名し、背もたれにユニコーンを従えた。
奴隷商人がもみ手をしながら近づいてくる。
「全員をお買い上げですと、金貨2000枚になります」
その相場が正しいのか、ハルヒにはわからなかった。ただ、指を鳴らした。
ハルヒの肩から飛び降りたのは、ドレス兎のコーデである。
「おい、野郎ども、出てこい」
言葉遣いは乱暴だが、言っているのが兎なので迫力はない。だが、その声に応じて出て来たのは、二足歩行の森のクマさん、トラ、イノシシ、オオカミ、ゴリラたちだった。
ハルヒの軍に従軍していた動物系の魔物たちだ。
二本足で立ち、道具を使用する獣そのものの存在に、人間と獣の特徴を持つ獣人たちは、手足を拘束されているのにも関わらず、へたり込んだ。中には、許しを請うかのように這いつくばる者もいる。
「お前たち。勝手に動くな! 申し訳ない、お嬢様。いつもは、しっかりしつけがしてあるんですが……」
奴隷商人に『お嬢様』と呼ばれたことは無視して、ハルヒは動物系の魔物たちに視線を向けた。
「お前たち、どう思う?」
動物系の魔物たちは、険しい目つきで獣人たちを睨みつけていた。獣の魔物は、自分と似た特徴を持つ獣人に特に厳しい視線を向けていた。
「魔王様、奴隷って聞きましたが、間違いではないですか?」
「魔王?」
奴隷商人が悲鳴にも似た声をあげる。またもやハルヒは無視した。
「ええ。間違いないわ。全員が奴隷よ。この商人が売っているのを引き取ったのだから」
「一族の面汚しども……全員殺してやる」
中でも好戦的な、トラが唸った。獣人たちの中には、足元に生温かい水たまりを作った者もいる。
「やったのは人間だけどね」
「なら、先に人間を殺してもいいですか?」
「まだ駄目ね。よく見ておくのね。私がこの町を制圧するのに、人間を誰も殺さなかった理由がこれよ。人間に、私たちが直接手を下すほどの価値はないわ」
「……しかし……怒りが治りませんな」
ゴリラが拳をうちならす。
「奴隷商人」
「は、はい」
「この奴隷たちは全て私が引き取るわ。代金も、お前が請求したい額でいいい」
「えっ? あっ、ありがとうございます」
魔王ハルヒが取引に応じたと思ったのだろう。奴隷商人は引きつってはいたものの、笑みを作った。
「この町の全ての獣人は、私が所有する。奴隷を使用している者たちに告げなさい」
「しかし、個人の所有のものは、手が出せませんが」
「代金が欲しいなら、私から取り立てるのね。どんな乱暴な方法をつかっても構わないわ。もちろん、精一杯の抵抗はさせてもらうわよ。それに、攻撃された分までしか反撃しないなんて、甘いことは言わない」
ハルヒは宣言した。つまり、代金を請求するのは勝手だが、支払うつもりは全くない。
「そ、それじゃ……商売が……」
「テガ」
「はっ」
ハルヒの指示で、ゴーレムマスターがゴーレムたちを動かした。庭園の生垣に潜ませてあったゴーレムが飛び出し、獣人たちの戒めを破壊した。
「こ、こんなことをして……どうなるか……」
奴隷商人の言葉は、ハルヒがたちあがり、商人を踏みつけたことによって中断された。動物系の魔物たちに宣言する。
「お前たち、獣人たちを連れて行きなさい。それから奴隷商人のところに踏み込んで、まだ残っている獣人がいたら解放しなさい。町で奴隷にされている獣人をみかけたら、問答無用で解放していいわ。ああ……獣人以外もね。ただし、人間は別よ。人間が人間を奴隷にする分には、好きにさせなさい」
獣系の魔物たちが一斉に頭を下げる。
「それと、奴隷になったこと自体の罪は問わないこと」
腹を立てたからと言って、獣人を殺すなと言明した。
獣人たちは、何が起きたのか理解していないようだった。
獣系の魔物たちが獣人たちの肩を叩き、次第に、抱き合って泣き叫ぶ姿が見られるようになった。
ハルヒは上空に首を向けた。
鳥よりもはるかに高い位置を、ハルヒの見知らぬ魔物が滑空し、旋回して戻っていく。その数は、5体もいただろう。
「ノエル、魔獣を使役する人間たちっているかしら?」
「いるでしょう。馬よりもバイラコーンの方が遥かに早いですし、鳥には乗れませんが、グリフィンやワイバーンには乗れるでしょうから」
「なら……人間たちが動き出したというところでしょうね。思いの他、早かったわね」
上空を旋回してただ戻っていった魔物たちの背に、人間が乗っているだろうことを、ハルヒは疑わなかった。




