47 残り78日 魔王、奴隷を買う
翌日、ヘルゴビッチ男爵は魔王ハルヒの前に姿を見せなくなった。
ハルヒが死なせた兵士たちは、男爵の命令ではないと言っていた。だが、男爵が兵士たちの動きを知らなかったわけではないのだろう。
ハルヒは出かけることにした。町娘の姿に着替え、カエラを呼び出した。
一昨日一緒に外出した時より、今日の方が男爵の令嬢カエラは緊張して見えた。
「今日はお買い物できるわよ。ほら……お金もあるし」
ハルヒは相変わらず魔物達の列に見送られながら、カエラに金貨の袋を見せた。
「お金でしたら、父に言えば立て替えてくれたはずです。商人ギルドに乗り込んだりしなくてもよかったのでは……」
カエラの顔色が悪い。
「魔王を名乗る者として、施しは受けたくないわ。必要なものは、自分で調達したいじゃない。それがたとえ、脅し取るのでも、空手形で詐欺まがいの徴発であろうともね」
「……はあ」
カエラにはわからないらしい。喩えが難しかっただろうかとハルヒが思っていると、カエラは市のある場所とは別の方向に向かっていた。
「あら? 市に行かないの? 折角お金もあるのに」
「毎日開いているわけではないので……それに、市では金貨では買い物できないと思います。お釣りがないでしょうから」
「ああ……そう言えば、一昨日市に行った時、売り子のおばちゃんがそんなことを言っていたわね。じゃあ、高級店に行くのね? 服でも買うの?」
「これから節約しなくてはならないので、私は買いません。ハルヒ様がどうぞ」
「節約しなければならないって? どうして?」
「税金が入ってこなくなりますから」
「全額入らないわけじゃないと思うけど……結果的にはそうなるかもね。でも……お金が使えるうちに買っておいたら? 今の人口規模と経済で、通貨は必要ないと思うけどね。金貨も銀貨も、ただの加工した金属になるかもしれないわよ」
「……どちらにしろ、私はもちあわせがありませんし……」
カエラの表情は暗いままだ。ハルヒは盛り上げようとしていたが、そもそもの原因がハルヒなので、どうにもならない。
「仕方ないわね。どこか、おもしろいお店がある?」
「……お金を使ってみたいなら、奴隷市なら高額な商品があると思いますが」
「奴隷? この世界で?」
ハルヒは驚いた。だが、以前の世界にも、歴史上は奴隷が存在した。人間しかいない世界でのことだ。
「……はい。人間はいませんけど」
「人間がいないって? じゃあ、奴隷ってのは、ゴブリンとかなの?」
「いえ。ゴブリンは魔物ですから、ほとんどいません。売り買いされていのは、主に獣人です」
「あっ……そぅ。ああ……なんだか、納得したわ」
ハルヒは、町中で頭に獣の耳を乗せた人間がいるのに気づいていた。そういう人間に限って、首輪をつけられている。
どうやら、ファッションで獣型の耳飾りを載せているのではなく、獣人という種族だったらしい。
ハルヒが店に入ると、しわくちゃの顔に丸い頭部に貼り付けた男が手もみしながら近づいてきた。
「お買い上げですか?」
「商品次第ね」
「では……ご案内を」
男が先行して、店内を案内される。
店の中には商品が並んでいた。
首輪をはめられ、手錠と足枷をつけられ、ただ立っている。
いずれも頭の上に三角の耳があり、尻尾が生えている。
「奴隷というのは獣人だけなの?」
「人間をご所望ですか? それとも、エルフやドワーフですか?」
「聞いただけよ。この辺りのことは、よく知らないの」
「ほほう。外国のお客様で……そちらは、男爵令嬢様だとお見受けしますが」
男がカエラを見た。カエラが居心地悪そうに身じろぎした。
「そうね。私は奴隷制度があることも知らなかったわ。そういうお店があると聞いて、見たくなってきたのよ。事前に聞いておけばよかったわね」
「獣人は、人の町では全て奴隷です。私たち人間は、奴隷にできませんので。エルフやドワーフは、奴隷も多いですが奴隷ではない者もいます。ですが、めったに入荷しません」
「……ふむ。ここにいる獣人を全て領主の屋敷に運びなさい」
「へっ?」
男がポカンと口を開けた。
「聞こえなかったの? 私の屋敷に全員運べと言ったのよ。カエラ、帰るわ。行った通りにしないと、この店、潰すわよ」
ハルヒはそれだけを告げ、奴隷商人に背中を向けた。




