46 残り78日 勇者、ダンジョンを攻略する
散々逃げ回った挙句、勇者アキヒコと魔術師ペコ、ドワーフのギンタは、最奥の部屋に戻ってきていた。
洞窟を住処としている巨大蜘蛛は地の利に長け、逃げ伸びたつもりで、結局元の場所に戻ってきてしまった。それも、五度や六度ではない。
追いつめられた勇者アキヒコは、行き止まりの部屋で巨大蜘蛛と戦う覚悟を決めた。
巨大蜘蛛が迫り、ペコは恐怖のあまり悲鳴を上げながら、ギンタの背中を突き飛ばした。
蜘蛛の顎が開き、バランスを崩して突っ込んだギンタの頭を飲み込んだ。
勇者アキヒコは、咄嗟に魔術師ペコに習った魔術を使用した。
「リフレッシュ」
巨大な蜘蛛に噛まれていたドワーフのギンタが、ずぼりと蜘蛛の腹に吸い込まれる。
「どうして、それを使うの? お尻から余分なものを排出する魔術なのよ。ギンタが食べられちゃったじゃない」
「そんな魔法だとは思わなかった。吐き出されると思ったんだ」
ペコの苦情にアキヒコが応じる。だが、蜘蛛が大量の食料を一気に食べることはない。巨大な蜘蛛とはいえ、主に体液をすする。
そうでなければ、獲物の少ない洞窟の地下で長く生きられるはずがない。
その蜘蛛が、人間よりは小さいとは言えがっしりとしたドワーフを飲み込んだのだ。
腹が重くなり、苦しみだした。
「弱ってきた」
「その代わり、ギンタが死ぬわ」
「そ、そうだな。リフレッシュ」
蜘蛛がさらにのたうちまわる。だが、ドワーフは出てこない。
「だから、それじゃダメよ。2日酔いよ避れ、リバース」
蜘蛛がさらに悶えるが、腹ははち切れんばかりに膨らんだままだ。
「私では魔力が足りないわ。アキヒコ、覚えたわね?」
「わかった。リバース」
アキヒコが渾身の魔術を使用する。途端に、蜘蛛の口からドワーフが吐き出された。
勇者アキヒコが蜘蛛に斬りかかる。
巨大な蜘蛛は、すでに戦う気力を無くしていたようだ。ドワーフという、蜘蛛が飲み込むにはあまりにも頑固な物を無理やり肚の中に入れられたため、顎が破壊され、腹が裂けていた。
放置しても死ぬだろう。
アキヒコの一撃を避けることもせず、雷鳴の剣の力により麻痺して転がった。
「……死ぬかと思ったわい」
ギンタが蜘蛛の体液を拭い取った。
「ギンタって、魔物から美味しくみえるのかしら? 種族は本当にただのドワーフ? ご馳走ドワーフとかって種族じゃない?」
「そんな種族、聞いたこともないわい。ただわしは……毒ドワーフと仲間うちからは呼ばれていた」
「あっ……なるほど。魔物によく食べられて、食べた魔物が食あたりを起こすってわけね。捨てられた者たちの集落に到達できたの、なんだか納得できるわ。白精霊にも、美味しく見えていたのでしょうね。アキヒコ、とどめをさすのは簡単だけど、せっかくなら試してみない?」
ペコがアキヒコを見て笑う。何を、とはさすがに聞かなくてもわかった。
アキヒコは従魔の首輪を取り出した。
「どこが首だ?」
「首じゃなくてもいいみたいよ。魔物が屈服していればいい。そうでなければ、成長したドラゴンを手懐けることはできないもの」
「そもそも、ドラゴンを屈服させる方法がわからないが……」
愚痴をこぼしながら、勇者アキヒコは青い首輪を巨大蜘蛛の頭部近くに巻いた。
「このままじゃ死ぬから、癒すわよ」
「ああ。頼む」
「水につけば元どおり、ホシシイタケ」
ペコの魔術で巨大蜘蛛の顎が復元し、裂けていた腹が修復された。
「相変わらず、不思議な魔術だな」
「魔術に理屈なんかないわ」
アキヒコが言ったのは魔術の呪文についてだが、ペコは不思議に思っていないようだ。
首輪を外す。
巨大蜘蛛が立ち上がり、再びアキヒコの足元にひれ伏した。
「ああ……効果があったようだな」
「そうね。名前をつけてあげて。アキヒコの最初の従魔よ」
「では……クモコとしよう」
「よかったわね、クモコ」
敵対しなければ平気なのか、ペコがクモコの頭部を撫でる。クモコはわしゃわしゃと前脚を動かした。
※
クモコは優秀だった。
アキヒコたちがただ落ちるしかなかった縦穴に糸を張り、自ら先に登ってアキヒコたちを引き上げた。
「洞窟探検には欠かせないな」
「よかったわね」
「よく触れるのう」
「クモコのお腹の中にいた人に言われたくないわ」
「いろんな魔物の腹のなかを見ているので、今更じゃ」
「……やっぱり。ドワーフは頑丈さが売りだものね。あえて食われるって戦い方もあるのかしらね」
ペコとドワーフの話を聞きながら、勇者アキヒコは洞窟を脱出した。




