44 残り79日 勇者、ダンジョン最奥に達する
天然の洞窟だった場所から、突然整備された石畳に変わる。
人の手が入っているのだ。
この先に、王家の宝がある。
「気をつけてよ。王家の宝って……手に入れたら魔王になれるんじゃないかって品よ。何重にも防護を施してあるはずだから」
魔術師ペコが忠告を授けながら、勇者アキヒコの背に隠れる。
「複雑な罠か、強力な魔物が守っているのじゃろうて」
ドワーフのギンタはハンマーを構えるが、及び腰である。
「ここだよね」
アキヒコが立ち止まった場所には、丁寧に作り込まれた巨大な扉があった。
「間違いないじゃろう。どれ……」
「罠を感知する魔術があるわよ……遅かったわね」
ドワーフの手のひらを、無数の針が突き刺していた。
「物騒な王家じゃな」
「手に入れたら魔王と同等の力を得るって言ったじゃないの……罠ぐらいあって当然よ。私も、回復魔術ぐらい使えるわよ」
「いいわい。かすり傷じゃ」
ギンタがぶんぶんと手を降った。さすがに、自分を飲み込んだ白蛇を窮地に追いやる生命力である。突き出た数十本の針が手を貫通しているので、普通なら泣き叫ぶところだ。
「まだ罠があるかな?」
「私の行く手を阻むものを妨害せよ。アルソック」
ペコが杖を振るうが何も起きない。
「……大丈夫よ」
「そうか」
アキヒコは扉を押した。動かない。
「ペコ、扉が動かない」
「アキヒコ……これひょっとして、扉じゃなくて、扉の絵が書かれた壁だわ。人が入れないようにしたいのだもの。開く必要はないってことよ」
「王家の人……質が悪いな」
「じゃろ」
アキヒコと意見があったことに、ギンタが笑った。
「よし。ギンタ、頼む」
「わしは歳じゃと言ったろう。ハンマーなら貸す」
「わかったよ」
アキヒコが巨大なハンマーを振り上げ、扉が描かれた壁に叩きつけた。
ハンマーが直撃した場所を中心に、亀裂が走る。
アキヒコは再度振り上げ、振り下ろす。
何度か繰り返し、立ちはだかる壁を破壊した。
「手が痛い」
アキヒコがハンマーをギンタに返す。
「それだけで済んだのが驚きじゃ」
「アキヒコは本物の勇者なのよ」
ペコが自慢げに、破壊された壁の向こう側に点火の魔術を灯す。
小さな炎でも、十分に見えた。
広い部屋の中央に、全く劣化したとは見えない、綺麗な青い動物用の首輪が置かれていた。
アキヒコは壁を踏み越え、中に入った。
下は滑らかな石の床だ。
アキヒコが進むと、埃が舞い上がる。
アキヒコは、王家の秘宝『従魔の首輪』を手に入れた。
「アキヒコ、この首輪があれば、どんなに強力な魔物でも一度屈服させれば、従わせることができるわ。もう魔王を恐ることはないわ」
ペコの言葉に、アキヒコは渋面を作った。
「一度は、屈服させないといけないのか?」
「え、ええ……昔の資料によるとそうなるわね。でも、屈服させた魔物に首輪をつけると従えることができて、首輪を外しても効果は継続するから、複数の魔物を従えられるわ。やりすぎれば、魔物の軍団だってつくれるわよ」
ペコがへへんと胸を張った。
「それでペコ……もし、ブラックドラゴンにまた会ったらどうする?」
「首輪があるじゃない」
「屈服させるのには、役に立たないんじゃろ?」
アキヒコの気持ちをギンタが代弁した。
「……あっ……そうかもしれない」
ペコは気づいていなかったらしい。
「ブラックドラゴンを倒せるぐらいまで、強くなれってことかな」
「うむ。よくぞ言った」
ギンタが背中を叩いた。アキヒコは嬉しくなかった。ギンタは、王城の屋根で寝ていたブラックドラゴンを知らないのだ。
「でも、思いのほか守りが手薄ね。ここまで来れた人、本当にいなかったのかしら?」
ペコは、首輪が置かれていた台座を調べていた。他には何もなさそうだ。
アキヒコは何度も首輪を引っ張ってみた。千切れない。多分本物だ。そう信じるしかない。
「扉を開けられたのは、僕たちだけなんだろう。白精霊の森もあるし、一度入った、あの入口は直せないよ」
アキヒコが入口の壁を破壊した。結果として、扉を開けて入る構造にはなっていなかった。
「そうじゃな。それに……ここまで来られた人はわしらだけかもしれんが……人でなければいるみたいじゃぞ」
ギンタが言った。アキヒコの足元が濡れた。
ギンタの声が消え入りそうだった。
アキヒコが点火の魔術を使用する。
巨大な炎に照らし出されたのは、ギンタの上半身までを飲み込もうとしていた、巨大な蜘蛛だった。アキヒコの足元を濡らしたのは、巨大蜘蛛の唾液だ。
「キャアァァァァ!」
魔術師ペコが無意味に騒ぐ。
「こいつが守っているんだな」
勇者アキヒコは首輪を懐に押し込み、雷鳴の剣を抜いた。ギンタとペコを抱え、最奥の部屋を脱出した。




