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43 残り80日 魔王、金を得る

 魔王ハルヒは、魔王として商人ギルドを訪問していた。

 以前から着ていた服に着替え、ユニコーンにまたがり、ノエル、チェリー、テガ、ネクロマンサーといった幹部たちを従え、嫌がる元領主の娘カエラを連れてきた。


 カエラの同行にあたり、最も嫌悪したのがユニコーンだった。

 町娘が商人ギルドと言われる組織の長と面会できるはずもない。ハルヒはそう判断し、あえて魔王として乗り込んだのだ。


 建物に入る前から、人間たちはハルヒ一行を避けて道を開けた。

 建物に入ると、受付台と計算をしているらしい人間たちがずらりと並んでいた。

 たまたま顔をあげてハルヒを見た者以外は、手元の計算に集中していた。

 人間たちの背後には壁があるが、壁の向こうから金属がぶつかる音が響いてきていた。


「活気があって何よりね。ここには、金が唸っているみたいね」

「魔王様、金とは何です?」


「ノエル、それからみんな、ここでは質問はしないこと。帰ってから教えるわ。こっちが金貨も銀貨も知らないって知られると、足元をみられるからね。私に任せておきなさい」

「さすがは魔王様です」


 ネクロマンサーが平伏して言った。

 ハルヒはユニコーンを進め、カウンターの向こうにいる人間に顔をあげさせた。


「この町を支配している魔王ハルヒとは私のことよ。商人ギルドの長を出しなさい」

「ひっ……ま、魔王。どうか……お許しを……」


 ずっと下を向いて計算していた男が、突然テーブルから金貨の山を取り出した。


「強盗扱いしないで。私の配下に、金貨を食べるような悪食はいないわ」

「ひえぇぇぇっ!」

「なあ……魔王様も、金のこと知らないんじゃねぇか?」

「まあ……拙者らよりはましだろう……と思うがな」


 相変わらずついてきたドレス兎のコーデの問いに、テガは3つの首を器用に振った。


 ※


 魔王ハルヒは、商人ギルドの長に面会を求め、奥に通された。応接室に案内された。

 無理に全員が室内に入った。商人ギルドの護衛もいたため、応接室は向かい合って座っているハルヒとギルド長以外は、窮屈な思いで立ち聞きしていた。


「私は、ギルド長のイセタンです。本日は、どのようなご用件でしょうか」

「カバデールは魔王の手に落ちたわ」

「……存じ上げております」


「人間の社会とは違う。少しばかり、制度の改革が必要だと思うのよ」

「大きな話ですね。魔王様は、町を支配下に置いても、人間の統治をお許しになったとヘルビッチ男爵から伺っております。大変、賢い選択だと感心しているところです。人間は、働かせてこそ値打ちがある」


 丸々と太った、口ひげを整えた男は、腹をゆすりながら饒舌に話した。ギルド長の物言いに、反対する内容はないと判断し、ハルヒは頷いた。


「そうね……まさにその通りだわ」

「その魔王陛下が、どのような改革をなさろうというのです?」

「人間の働きに対して、金貨、銀貨、銅貨で評価するのは気に入らないわ」


「ほう? 人間の社会では、数千年と続けられきたことですが……では、どうやって評価するのです?」

「現物よ。命の対価は命で支払う。命をつなぐための対価は、命を維持する物で支払う」

「生産する力がない者は?」


「生産する力がある者に従う」

「国という制度を一からつくるお話に聞こえます。ただ……人口が増え、物の流通が増えれば、現物では不便になります。結局、通貨が必要になるでしょう」


「そうでしょうね。でも、通貨は価値が保証されて初めて成り立つものよ」

「それはそうでしょう」

「魔王である私が支配している町で、この国の通貨にまだ価値があると思うの?」


「では……魔王様が新しい通貨をお作りになると仰るのでしょうか?」

「不可能ではないわ。私の配下のテガはゴーレムマスターよ。素材があって形が明確なら、職人を使わなくてもいくらでも製造できる」


「ふむ……その場合、現在の通貨はどうなります?」

「使った者は死罪」

「本気ですか?」

「人間が混乱するから、そんなことはしないわ。当面ね。だけど、私にはそれができる。そのことはわかるわね?」


 通貨の変更は、以前の世界でも経済の刷新を図って行われた実例もある。成功はしなかったようだが、不可能ではない。


「……そうでしょうな」

「それがわかったら、私に金貨100枚を献上しなさい。これから、毎月金貨100枚よ。どうやって金を用意するかなんて知らないわ。自分で考えるのね」


 ハルヒは本題を切り出した。単に、自由になる通貨が欲しかっただけである。あえて難しい話をしたのは、相手に考えさせないためだ。


「……通常の税に加えて……でしょうな」


 ギルド長は難しい顔をした。税金のことは、ハルヒは想定していなかった。ハルヒは慌てていると見られないように、あえてほほ笑んだ。


「ああ……税金も別に払っているの? なら、それは免除するわ。あんたたちを日干しにしたいわけじゃないからね」

「いいのですか?」


 ギルド長が身を乗り出した。目が大きく開いている。


「……無理なの?」

「いえ。従います。魔王ハルヒ様、万歳!」


 ギルド長に合わせ、背後の護衛たちも両腕をあげた。

 ハルヒは、魔物たちを連れて退出する。


「どうして人間たちは喜んでいるですか? 魔王様にむちゃくちゃ言われたのに」


 チェリーが尋ねた。


「税金が高かったんじゃないの? 毎月金貨100枚なんてものじゃないぐらいに」

「それを払わなくていいって言って、大丈夫なのですか?」


 ノエルが不安そうに尋ねる。


「し、仕方ないじゃない。私だって、緊張していたのよ。勢いよ勢い。こういうのは、考えちゃダメ。とにかく、最初の金貨100枚は今日中に届くことになったから、これで買い物ができるわ」

「……なっ?」


 ドレス兎コーデが、ゴーレムマスターに目配せした。

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