41 残り81日 魔王、町娘に化ける
魔王ハルヒが魔王だとバレずに町を視察するために、元領主ドボネ・ド・ヘルビッチ男爵の令嬢カエラを同行させることになった。
カエラが元領主の娘であることは知られているため、ただの町娘のふりをすることはできなくなったが、魔王だと知られるよりはましだと、ハルヒも妥協した。
出かける時に、ユニコーンが近づいて来た。
ハルヒに頭を下げたが、カエラを威嚇して立ち去った。
「どうしたのでしょう?」
「ユニコーンは知っているのよ。カエラが清純な乙女ではないってこと」
「ええっ? 魔王様は?」
カエラが声を裏返し、ハルヒに睨まれて沈黙した。
※
「どこに行きましょう」
「普段カエラが行くお店より、安いところがいいわね」
カエラは元領主の娘である。高級店しか行かないだろうとハルヒは答えた。
「では……下町ですね。あまり治安がよくないそうですけど」
「この世界の治安の悪さというものを見たいのよ」
ハルヒは、高級店が立ち並ぶ街区を無視して、商店が立ち並ぶ市に向かった。
平原の町カバデールの人口は二千人程度だという。一部の高級店を除けば、店が出ているのは市に限られるらしい。
「いろんなものが一度に見られるのはいいわね」
「お気に入りましたか?」
「それはこれからよ」
ハルヒは、果物を扱う店の前で立ち止まった。見たことがない果物だ。
「これはいくら?」
置かれていた果物を取り上げる。
「これは……まさか、カエラ様ですか?」
尋ねたハルヒを無視して、店の中で座っていた老婦人が立ち上がった。
「い、いいのよ。今日は、この方のお付きですから、私のことはいいの」
「は、はあ……一つ、小銀貨一枚です」
「なんて果物?」
「カタナシの実です」
「小銀貨……小銀貨ってなに?」
ハルヒがカエラに尋ねる。
「えっ? あっ……ご、ご存じないですよね。ハルヒ様は、普段金貨しか使わないし」
「余計な設定追加しないでよ。金貨なんて見たことないわ」
「お嬢さん。買わないならそれを置いておくれ。ただでさえ、食べ物が値上がりして大変なんだ。売れるものも、そのうちなくなるんじゃないかねぇ」
老婦人がハルヒに言った。
「値上がりしたの? なんで?」
「お嬢さん……旅の人かい? 魔王軍に侵略されたからに決まっているじゃないか。人の被害は出なかったけど、戦争のために徴発されて、ろくに食うものもないのさ。魔王のことだ……食べるものがなければ、人間を食べるといいとか言い出すのかねぇ」
「お、おばちゃん……魔王様は優しい方よ。そんなこと……教えちゃだめ」
カエラが必死にとりなしたが、本音が少し漏れていた。魔王に余計な知恵をつけるなと口に出していた。ハルヒは首を傾げる。
「戦争のために徴発って言っても……実際にはほとんど戦わずに終わったし……兵士たちは全部首になったはずだけどね」
「兵士が首だって? まあ……役に立たなかったんだろうからね。でも……徴発された食料が戻ってくることなんてないよ」
町人から集めた食料がどうなっているのか、ハルヒは調べる必要がありそうだと感じた。
「覚えておくわ。それより……小銀貨はどこで作っているの?」
「さあ……王都じゃないかねぇ。カバデールでお金を作っているってのは、聞いたことがないねぇ」
「ありがとう。持ち合わせがないから、今日は買わないで帰るわ」
「ああ。金貨をだされても、お釣りがないからねぇ」
ハルヒは店の前から移動して、カエラに尋ねた。
「金貨や銀貨で買い物ができるのね?」
「えっ? もちろんです。それ以外に、どうやって買い物をするんですか?」
カエラは当然だという顔をしたが、ハルヒの疑問は別のところにあった。
「つまり……この世界の人間は、もう貨幣経済が成立しているってことね。金本位制か……お金が集まる場所って知っている?」
「お金の貸し借りをする場所なら……商人ギルドがそうですね」
「なるほど……では、そこに行けば色々わかりそうね」
ハルヒは上を見る。町の中は歩き回った。すでに日が傾いていた。
「一度帰りましょう。男爵に尋ねたいこともあるし」
「承知しました」
戻ったハルヒが元領主を問い詰めると、男爵は、徴発した食料は退職金として解雇した兵士に支給したと答えた。




