36 残り83日 勇者、歓迎される
やせ細った日焼けした老人に、白い髪を振り乱しながら導かれ、勇者アキヒコと魔術師ペコは白精霊の森を進んだ。
「ペコ、あれがエルフなのかい?」
白い髪は長く、腰のあたりまである。
豊かな頭髪だが、老人は男である。単に髪を手入れする習慣がなさそうに見える。
「違うと思うよ。エルフは、耳が上に伸びているって噂だから」
ペコは前を進む老人の頭部を指差した。
頭部の横に見える耳は、アキヒコと同じように丸い。
「じゃあ……白い精霊かい?」
「うーん……白いのは髪だけだし、私には人間族の年寄りに見えるけど」
「人間族が、こんな場所で生きていられるものなのか?」
「村までもうすぐです」
アキヒコとペコの話が聞こえていたのか、老人が突然振り向いた。
「ああ……お爺さん、エルフなのか?」
「いえ、私はゴーヤと言います。エルフというのは……人名ではありませんな?」
「種族名よ。見たり聞いたりしたことはない?」
「……いえ」
ゴーヤと名乗る老人は、首を振ってから再び前を向いて歩きだす。
「ゴーヤさんは、この森でどうして迷わないんだ?」
「これをつけていますので」
ゴーヤが腕をあげた。手首に、白い腕輪を巻きつけているのが見えた。
金属ではない。引っ張れば千切れそうに見える。
だが、もちろん勇者アキヒコは引っ張ったりはしない。
「ここです」
ゴーヤが案内したのは、今まで歩いた森の中でも、特別太い幹を持った、よく育った樹木たちだった。
「おぉい。治療術師様をお連れしたぞ」
ゴーヤが叫ぶと、太い木々のあちこちから、一斉に顔が飛び出した。
ゴーヤのように皺だらけの顔が半分、まだ若い、若すぎて1人では生きられないと思われる子どものような顔が半分だった。
「ここ……捨てられた者たちの里だよ。白精霊の森の奥に、こんな集落ができていたなんて……」
魔術師ペコが立ち尽くした。
「捨てられた者たちの里? ペコ……どういうことだ?」
2人が立ち止まったことにも気づかず、ゴーヤは顔が突き出た木々の中央に進む。
突き出たのは顔だけだったが、体も付いていた。
ゴーヤが近づくと、まるで木の中から出てきたように、人々が集まってくる。
「名前の通りだよ。罪を犯したり、身寄りがなかったり、捨てられたり……世間では生きられない者が逃げ込む場所なんだ。王都には、貧困町ってものがない。だから……ここにできたんだ」
「白い精霊って、結局なんなんだ? 俺たちがずっと迷い続けたことと、どんな関係があるんだ?」
「それはわからないけど……」
ペコが言い淀んでいると、ゴーヤが戻ってきた。アキヒコの前に立つ。
「白い聖霊様はご病気です。明日、ご案内します」
「僕たちが白い聖霊様の病気を直せばいいんだね?」
「はい。よろしくお願いします」
ゴーヤが頭を下げるのに合わせて、捨てられた里の人々は深く頭を下げた。
「……できると思うかい?」
魔術師ペコに、アキヒコはこっそり尋ねた。
「私が死にかけていたのが元気になって、治療師だと思ったんだよね……白い精霊がどんなものかもわからないんだから、明日会ってみるしかないよ」
「それから……この人たちだけど……」
「ここに住んでいることは言わないでいいと思う。だけど、それ以上のことはできない。連れて帰ろうとかは、思わないでね」
ペコは、アキヒコの気持ちを見透かしたように言った。それは、この世界のルールのようなものだ。アキヒコは、納得できないまでも首肯した。
その日は、捨てられた者たちからの、心ばかりの歓迎を受けた。




