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35 残り84日 魔王、君臨する

 平原の町カバデールの領主は、魔王ハルヒに自らの屋敷を差し出した。


「いい心がけね。それで、使用人として仕えてくれるの?」


 領主の部屋で、青い顔をしてハルヒを待ち受けていた領主と家族、主だった使用人たちは、ハルヒの言葉に驚いたように互いの顔を見かわした。


「……出て行かなくてよろしいのですか?」

「人間の町をまるごと手に入れたのよ。私たちに、人間の統治ができると思う?  この屋敷に住んでいた者たちは、統治に慣れているのでしょう? 出て行くのは許さないわ。私を助けなさい」


 魔王ハルヒは、魔王を名乗る以上人間の町を征服するものだと考えていたが、自分で統治するつもりはなかったし、できるとも思っていなかった。


「人間を食らう魔物は町に入れないわ。その代わり、町にいる魔物を人間が攻撃した場合、魔物が反撃しても罪には問わない。まあ……町に住みたがる魔物なんて少数派よ。人間の住処を奪いはしないわ。私に町を譲ったんなら、ちゃんと手伝いなさいよね」

「……精一杯、仕えさせてもらいます」


 領主に続き、家族と使用人達が平伏した。


 ※


 領主の館で一番奥の部屋を自分の執務室、一番豪華だった領主の妻の自室を自分の部屋に決めた以外は、ハルヒは領主一家に裁量を委ねた。

 執務机に向かい、椅子に腰掛け、脚を机に乗せたハルヒの前に、赤鬼ノエルが立った。


「魔王様、少しばかり人間に甘くはないですか?」

「そう思う?」


 戦場においては、ゴーレム達が瞬く間にオークとゴブリンを斬り伏せた。死体の山を築き、戦争を終わらせた。

 事前に知っていたのは、ゴーレムマスターのテガだけだ。


「魔物達の中にも、不満を口にする者もいます」

「そうでしょうね」


 ハルヒとしては、予測していたことだ。ノエルはいかつい顔で立っている。普段から厳しい顔なので、表情はわからない。


「人間はね……追い詰めれば団結する。甘やかせばつけあがる」

「つけあがった人間には、利用価値があるということですか?」


「ないわよ、別に。ただ……人間にとって、最大の敵は人間よ。つけあがった人間は、自分こそが特別なのだと思い込む。自分以外の人間に、価値がないのだと勘違いする。私は……魔物と戦って死ぬような、栄光ある死は人間にふさわしくないと思っている。人間を殺すのは、人間であるべきよ。だから選ばせたの。1人も死なずに私の支配を受け入れるか、1人も残さずに死ぬか。私の支配を受け入れると決めたのなら、私もそれに応じないとね。それに……誰も住んでいない建物の群れを手に入れてどうするの?」


「人間の管理は人間に……ですか」

「そりゃそうでしょ。一日中、閉じこもってお金の計算をしているなんて、人間でなければ耐えられないわ」

「それは……そうでしょうな」


 ノエルは、数は5までしか数えられないとハルヒは最近知った。両手の指を折るまではいかないのだ。


「人間には統治をさせる。私は支配する。私が欲しいものは手に入れる。どうやって手に入れるかを考えるのは人間……素敵な関係でしょ?」

「魔王様の手足ととしていかに役立てるか……人間にはふさわしい扱いですな」


 ノエルが笑った。魔王ハルヒが、事務仕事なんてしたくなかったのは本音である。


 書類の束を持ってきた領主に、投げつけたのはこの十分後のことだ。

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