34 残り84日 勇者、恥をかかせる
毒キノコを食べた魔術師ペコは、一晩中苦しみ、衰弱した。
「魔法で癒せないのか?」
「……可能性はあるけど、難しいのよ。今の体調では無理ね」
ペコの顔色は土気色だった。切れ長の目が、隈でくすんで見える。
「呪文を教えてくれ。俺が試してみる」
「いい? 魔術は簡単じゃない。一つの魔術を使えるようになるまでに、飽きるほど反復練習するのよ。アキヒコ……もうあなたに、これ以上教えたくないのよ。私が自信を無くすから」
「……ごめん。ペコがそう思っていたとは……気づかなかった。ペコ、本当にごめん。このまま……回復するのなら俺も何も言わない。じっとしている。でも……どうなんだ?」
アキヒコの目には、ペコが回復するとは思えなかった。アキヒコの世界でも、キノコで死ぬ人は多い。だが、ペコはまだ若い。キノコの毒で簡単に死ぬとは想像しにくい。
「このままなら、多分……今日中に死ぬわ」
「呪文を教えてくれ。ペコに死なれちゃ困る」
「なら……手を握って」
「ああ」
アキヒコはペコの手を握った。
「全て終わるまで、手を離さないで」
「わかった」
「これから、三つの魔術を教える。三つ目が解毒の魔術よ。先の二つが成功するまで、絶対に三つ目は唱えないこと。いいわね?」
ペコは弱弱しく言った。アキヒコが尋ねる。
「理由を聞いてもいいか?」
「駄目」
「わかった」
ペコに長話をする余裕はなさそうだ。勇者アキヒコが無条件に従うしかない。アキヒコは承知した。
「呪文だけを教えるわ。本当なら……唱えただけで使えるはずがないけど、アキヒコならできるかもね。一つ目……大気よ静まれ、サイレンス」
「サイ……」
「やめて。これがうまくいったら、声が聞こえなくなるのよ。次の魔術が教えられなくなるわ」
「……わかった」
「二つ目……全ての匂いをお花畑に、ファブリーズ。三つ目……体をいつも清潔に、リフレッシュ」
「一つ目を唱えたあと、残り二つはどうやつて唱えるんだ?」
魔術の名称から、アキヒコは推測して尋ね。音が聞こえなくなるのだろうと想像したのだ。
「……それもそうね。仕方ないわ。最初の魔術は唱えなくていい。その代わり……近づいて」
「あ、ああ……」
アキヒコはずっとペコの手を握っていた。さらに近づくとなると、顔がふれあいそうになる。
ペコはアキヒコの手を離し、アキヒコの耳の穴に指を突っ込んだ。魔術ではなく、物理的に音を消したのだ。
「これでいいわ。二つを試してみて」
アキヒコは首肯したが、返事を声に出すことは控えた。聞こえては都合が悪いことがあるのだと、アキヒコは察した。
ペコの杖を借り、アキヒコは呪文を唱えた。
「ファブリーズ、リフレッシュ」
「ひっ……」
ペコが震えた。確実に効果が出ている。目を大きく見開き、辛そうに悶える。
「アキヒコ……一つ目を……」
「ああ……」
理由はわからなかったが、最初に教わった『サイレンス』という魔術を唱えようとした。
「あっ……駄目……」
ペコが諦めた。その時、高らかにラッパを吹きならすような音が聞こえた。
「サイ……」
アキヒコが唱える前に、口を塞がれた。
「間に合わなかったわ……聞こえた?」
「さっきの音……ペコの屁かい?」
「毒を出す魔術は、色々なものを排出するから……使いたくなかったのよ」
ペコが真っ赤になりながら、赤い顔を隠した。
「屁を我慢して、死ぬところだったぞ」
「……死んだ方がまし」
言っているペコは、先ほどとは別人のように、血色のいい顔をしていた。
「治癒師様でしたか」
突然、声をかけられた。
アキヒコが振り返ると、地面に老人が、這いつくばるようにひれ伏していた。
「……白い精霊の手がかりかしら?」
「ペコ、よくやった」
アキヒコがペコを褒めると、ペコは横になったまま、アキヒコに蹴りを繰り出した。老人が聞きつけたのは、間違いなくラッパのような高らかな放屁だった。




