31 残り86日 魔王、軍を率いる
一本だけ角の生えた白馬にまたがり、魔王ハルヒは魔物の軍勢に追いついていた。
前方には平原の町カバデールの城壁が見える。
明日は、目の前の平原が戦場となる。
魔王ハルヒは鞍も鐙もつけずに馬にまたがったが、角の生えた馬はまるでハルヒの手足のように従った。
魔王の登場に、魔物の軍勢が左右に割れた。
中央に、軍勢を指揮していた者たちが残る。
ハルヒの騎馬姿に向かい、赤鬼ノエルとゴーレマスターテガ、森のクマさんチェリーが膝をついた。
「魔王様、よくぞバイラコーンを従えられ……バイラコーンですか?」
ノエルが言葉を詰まらせる。
「いいや。ユニコーンだ」
本人は純潔の一角獣に触れさせてもらえず、ハルヒの肩にしがみついていたドレス兎のコーデが答えた。
「ユ、ユニコーン!」「ご冗談を!」「純潔、汚れなき乙女!」
三人が三人とも絶叫し、魔王を恐れて遠巻きにしていたオークやゴブリンたちが腹を抱えて笑い出した。
「静まれ」
だが、魔王ハルヒのただの一言で、凍りつかせられたかのようにおし黙る。
ユニコーンが四肢を曲げ、魔王ハルヒが地面に降りる。
「魔王が純潔で何が悪いの?」
「い、いえ……失言でした。お望みならば、この首を……」
「いらないわ」
「承知しました」
テガが自分の首を毟り取ろうとしたが、ハルヒが全く興味も持たずにあしらい、三つの顔が二つになる事態は避けられた。
「カバデールに告げた刻限は今日だったかしら? もしそうなら、今から攻め込んでもいいのだけど」
「いえ……明日ですね」
赤鬼ノエルは自分の指を折って答えた。魔物たちに算術が広まっているはずがない。ノエルにしても、自分の指の数以上の計算はできないはずだ。
「仕方ないわね。今日は野営よ。チェリー……さっきから、こちらを覗いているあいつを捕まえてきて。多分、人間だわ」
ハルヒは、平原の窪みに潜んでいた兵士を目ざとく見つけた。
※
魔王ハルヒの前に引きずり出されたのは、震えて歯の根も合わない兵士だった。
ハルヒはまともに話すことも困難だと感じた。
「椅子」
「はっ」
赤鬼ノエルが、ひざまずいて四つん這いになる。ハルヒは赤鬼に腰掛けた。
「背もたれ」
ユニコーンがひひんと嘶いてハルヒの背後に立つ。ハルヒが背中を預けた。
「足置き」
「おす」
森のクマさんチェリーが地面に四肢を投げし、ハルヒが足を置いた。
「せ、拙者は?」
ゴーレムマスターのテガが、役目を与えられないことに失望した。
「帽子掛け」
「帽子……しかし魔王様は……」
テガに最後まで言わせず、ハルヒは肩に乗っていたドレス兎のコーデを投げた。
「おいらが帽子かい」
コーデは文句を言ったが、ハルヒは聞いていなかった。
震えている兵士は、今にも卒倒しそうに顔面を蒼白にしていた。
「私が魔王よ」
「……はい」
「平原の町カバデールの斥候かしら?」
兵士は口をぱくぱくと開閉させたが、言葉を発することができなかった。認めれば殺されると思っているかのようだ。
ハルヒは、兵士の恐怖を取り除くため、あえて魔物たちを完全に支配下に置いていることを示した。だが、その様子は兵士にとって安全材料ではなかったらしい。
「明日の正午……太陽が一番高い位置に来た時、町を攻めるわ。その時、100の死体を積み上げる。その時に、私に服従するか、全滅するまで戦うか、選ばせてあげる」
「……では……降伏を認めるのですか?」
兵士が意外そうに尋ねた。魔王ハルヒの振る舞いから、1人も生かさないはずだと想像していたような物言いだ。
「一切戦わずに、敗北を認めるというの? それを私が信用して、自分の民と認めると思うの?」
「いえ……ですが、カバデールの兵は……自民兵も入れれば……500はいます。被害は出るでしょうが……負けるとは限りません」
「そう思うなら争いなさい。私は、支配している者を虐げたりはしないわ……あらっ? いまの状況は、あなたたちを虐げていることになるのかしら? この場合……説得力は?」
「台無しですぜ、魔王様」
配下の魔物を家具扱いした報いを、さっそく受けることになった魔王ハルヒだった。




